島美人のちょっとした幸せ

自称島美人である私の子育て生活と日々のちょっとした幸せを綴っています。

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天文館を愛する人々

2012-11-12-Mon-00:21
山形屋の北海道物産展に出かけるため、天文館に市電でお出かけしました(はい、結局行きましたわよ。食い気にはかないませんでした・・・・)

たった数時間のお出かけでしたが、とても素敵なシニアに出会うことができました。

その出会った方々について、つらつら~と書いていきます。


まず目的地の山形屋へ。

そこでは私の前にいらっしゃった年配の女性に対して、社員さんが「いつもお越しいただいてありがとうございます」と深々とお辞儀をされました。お客様の顔を覚えていらっしゃる山形屋の社員さんも素晴らしいのですが、この女性が深々とお辞儀をされるにふさわしいほど上品な雰囲気を醸し出していました。


山形屋の後は、休憩と昼食のために、ちょいと洒落たカフェに入ってみました。

私がぽけーっと料理を待っていたら、60代ぐらいの男性がやってきました。
どう見ても若い人が多いカフェではあまり見かけないかたです。でも店員さんとは顔見知りの感じでした。
この男性、珈琲を飲んで挨拶をしてすぐに帰って行きました。
私がカフェを出た後、偶然入ったお向かいの焼き物屋さんでお会いしたのは、さっきのカフェの男性でした。ここのご主人だったのです。
天文館のお店のご近所さん同士の世代を超えたコミュニティを垣間見ました。
また、このカフェ、50代の買い物帰りのマダムも休憩にいらっしゃいました。こちらも店員さんとは顔馴染みの感じでした。

そして帰りの市電。

いづろ電停で、少し痴呆が入っており、身体も不自由なご主人とその奥さまがご乗車されました。
満員でしたので、ご主人だけ座って、元気な奥さまは立っておられました。
奥さまはご主人に「これをお願いします」というように、山形屋の買い物袋を渡されました。ご主人は膝にしっかりとその袋が抱いて持っておられました。
あぁ、このご夫婦にとっては色々な不自由があってお出かけが大変なものになろうとも、天文館に行くこと、山形屋に行くことは特別なんだろうなと伝わってきました。


子どもができてからというもの、お出かけはイオンのようなショッピングモールばかり出かけている私。

たまに昔からの繁華街である天文館に出かけてみると、この街を昔から愛している人たちのちょっとした歴史や素顔を垣間見ることができました。

でも残念なこと私には、天文館のような街ができないかもなぁと思うと、時代の流れとはいえこの日に出会ったシニアの方々が羨ましくなりましたとさ。


sate2

こちら2007年秋に撮影の山形屋です。

今はこのマクドナルドなくなってるし・・・・

本当のお手伝い

2012-10-17-Wed-16:31
我が家はかなりの餃子好きです

4歳、6歳の子どもたちも15個以上は食べます。

でもでも・・・・いくら餃子が好きでも、75個弱を2時間半かけて作るのにはかなりの気合いがいるので、そのサイクルは2ヶ月に1回ぐらいです。


さて先日、2ヶ月に1度やってくる「どうしても餃子が食べたい症候群が起きたので、気合を入れて作ることにしました。

私は料理のときは子どもたちにもたまにお手伝いさせます。

この日もちょっと時間があったので、お手伝いをさせてみました。

まずは2人にキャベツのみじん切り。

子どもたちの危なっかしい包丁使いと超スローモーションに、今からまだまだ続く餃子作りの工程を思うとイライラ・・・・

次にミニラが「ニラも切りたい」と言うので、切らせてみると、異様な大きさのカットサイズとしっかり切り離されてないことに、またみじん切りのやり直しという余計な手間がかかりイライライライラ・・・・

まだ野菜を刻んだだけなのに、子どもたちにお手伝いをさせてみたことで、20分ぐらい遅れてしまいました。


餃子の包みもいつものようにやらせてみました。

私が皮に餃子の具を入れて、子どもたちに渡して包ませてみました。

ミニラはひだを寄せることを覚えて、不格好ながらもひだを作ってました。

ジュニアは包んで片栗粉水でぺったんすることを覚えました。

私1人で餃子72個包むと1時間ぐらいかかるところ、なんと40分で完了
(私はかなりのズボラなので、形が多少悪かろうと具がはみだしそうであろうと、全く気にしません~)

20分弱時間短縮です。

最初のお手伝いの遅れをちょうど取り戻せたってとこです


このお手伝いの詰まった72個の餃子。みんなでぺろりと食べちゃいました。


子どものお手伝い。

いつもは餃子作りの前半みたいに、はっきりいって邪魔になることがほとんどです。

内心「はあぁ」とため息つきながら、イライラしながらも、根気よくお手伝いをさせ続けてみると、今回みたいに本当に「お手伝い」になる日がくるのだなぁということを実感。


これからの私が楽するために、将来的に子どもたちが自立した生活が送れるようになるために、今イライラしながらお手伝いをさせておかなくちゃな。


gyoza1.jpg

この写真の餃子はほとんど私が包みました。子どもたちが包んだのは奥のお皿のやつ(笑)






我が子、天才かも

2012-10-04-Thu-19:38
随分前の話になりますが・・・


先日、ニュースで市電が事故があったということが映像つきで報道されておりました。

それを見ていたミニラ、何やら紙に描いて、切ってこんなものを作り上げました

shiden1.jpg

さっきのニュースで出てきた市電です。しかもちゃんと低床車両ユートラム

ニュースの映像とちょこちょこ見てる記憶でこんなのを作り上げるなんて、我が子ながらびっくりです。



こういったことのように、たまに子どもを見てるとばか親ながら「天才かもと思える瞬間があります。

何でもブロックで作り上げるミニラ。

2歳前のときに絵本を朗読していたジュニア。

1歳半にして新幹線の車両を見分けていたジュニア。


そういえば、うちの母も私が幼稚園のときに貼ってあった私の動物の絵を見て「天才かも」と思ったことがあるようでして。

みんな横向きに象の絵を描いてるところ、私だけ正面向いた象の絵が描いてあったとのこと。

「でも結局天才でもなく、ただの主婦やけんねー

と笑い飛ばしておりました。


多分、ミニラもふつーの私とふつーの夫から生まれたので、天才でもなんでもなくふつーの大人になるはずです。

子どもの柔らかい頭から生まれてくる天才的な発想と創造力って、学校社会で色々揉まれて埋没してしまうものなんだろうな。


この今しかない「天才かもと思える瞬間をしっかり残しておかなくちゃな




私とミスチルの歴史

2012-05-24-Thu-01:17
夫が中学時代の友達のカラオケに行って、みんながミスチルばかりを歌ったみたいで、その良さに今ごろ気付き、ミスチルにはまっております

高校時代からファンの私からすれば「今ごろ?」なのですが、夫が言うには年齢を重ねた今、良さが分かってきたとのことです。


さて、高校時代からファンをしていれば、そのときそのときに響く歌詞が変わってくるのが自分で振り返っても興味深いものです。

受験生時代にはまっていたのは「雨のち晴れ」

もうちょっと もうちょっと 頑張ってみるから
ねぇもっと ねぇもっと いいことがあるから
イメージはいつでも 雨のち晴れ


大学受験の勉強で疲れてて、これ聴いて「いいことがあるからもうちょっと頑張ろう」と自分を励ましていました。


大学時代にはまっていたのは「I'll be」

生きてる証を 時代に打ちつけろ 貧弱な魂で悪あがきしながら
何度へましたっていいさ 起死回生で毎日がレボリューション


なんだかなー自分で何かを成し得たいと思っていたんだろうなぁ。
若いよなぁ。


社会人2年目にはまっていたのは「蘇生」

でも何度でも何度でも僕は生まれ変わって行ける
そしていつか君と見た夢の続きを
暗闇から僕を呼ぶ 明日の声に耳を澄ませる
そうだ心にかけた虹がある


これ聴いてたら仕事で失敗してもまた頑張れる気になってました。


30代になってはまったのは「東京」

描いた夢
それを追い続けたって所詮たどり着けるのはひとにぎりの人だけだと知ってる
「それならば何のために頑張っている?」
と言いながら分かっている
この街に大切な人がいる


20代後半より夢を追い続けても叶わないことがあることが薄々気づき始めます。
そして世の中って自分ではどうしようもできないことだらけで、頑張ってもダメなもんはダメなときはあるんだよなぁと気付くのです。
でもその現状を受け入れつつも大切な人がいるから少しでも頑張ろうかなと思える、心に染みる歌詞です。


最近はまっているのは「HOWL」

[OH FREEDOM]
そんな響きが似合うNEW LIFEが欲しいと願い
今日も憂うマイウェイ 燦燦と陽が差すわけじゃない
振り出しにいつ引き返してもイイやって覚悟でいたい
夢がなくちゃつまんねぇ 悶々と今日を燻ってたい


はい・・・・なんとなく気持ちが落ちてますね。
燦燦(さんさん)と陽が差す日ばかりではない!
ここ最近悶々と燻ってるから、これ聴いて元気になってます。


ミスチルもデビュー20周年
お時間のあるかたは歌詞もよく聴いてみたら、はっとさせられることをいっぱい歌ってくれてます。

かれこれ桜井さんの歌詞に15~16年はお世話になってる私の戯言でした。






語学って

2012-04-14-Sat-23:30
夜のお供に「はらぺこあおむし」を読んであげてて気付いたことです。

「もうあおむしは、はらぺこじゃなくなりました」のくだりをミニラに読ませてみたら、「あおむしは、」と「はらぺこ」の「は」の言いわけが教えなくてもできているのです。

いつ覚えたんだろう??

更に、ジュニアも文字を見て濁点の読み分けができていることに気付きました。

あれ、いつの間に??


日本語のシャワーの中で気が付けば少しずつ正しい日本語が身に付いていく。語学ってこういうものなんだよなぁ。

教材で覚えようと頑張って勉強するのも悪くないけど、こうやって身に付くのが自然なんだよなと思いましたとさ。

harapekoaomushi.jpg




娘とのデート

2012-04-04-Wed-00:37
娘ちゃんがいるママさんとのんびりとカフェでお茶をしていて話になりました

私「うちは下が弟だから、よく父と2人でドラえもんの映画観に行って、パフェ食べたりしてましたよー」

お友達「あー!そういうのが記憶に残ったりするんだ。いいねー。うちのダンナもよく娘を連れて出かけてるよー」

こうお友達が納得したのを見て、そうかぁ、私の記憶にも父と出かけたことはいい思い出として残ってるけど、父としてもいい思い出として残ってるのかもしれないと気付きました。

あれは父としては娘とデートという嬉しい時間だったんだろうな。

男の子2人の我が家としてはそういう思い出を夫には残してやれないのがちょっとかわいそうであったりします。


今となっては浜田省吾のライブのチケットの件でばかり電話してくる父だけど、このことをよく覚えてるよーと言ってあげないとな。


tetsujin.jpg


そんな思い出のドラえもんの映画を真剣に見るうちの2人。

私が見てた思い入れの鉄人兵団のリメイク版を真剣に見てくれるのも嬉しかったりで。



心と時間の余裕

2012-03-29-Thu-14:50
Facebookにこういう書き込みをしました。




夕食はお友達から昨日筍をいただいており、下処理してたので、筍​ごはんに決まり。

でも筍ごはんのおかずに昨日の残りのおかずと後一品何にするかで​散々困っていたので、しょうがなくお惣菜のコロッケを買った。(​炊き込みごはんのおかずって何にするかで困らない?)

結局、筍ごはん以外、夕食の準備をなーんにもしなくていい状態。

実は嫌なことが重なって昨日から凹んでた私。

夕方、子どもたちとのほほんと過ごしつつ、ちくちくメールの返信​とかしてたらなんだか元気になったじゃない!!

時間に追われ夕食準備していたら、きっと子どもたちに当たり散ら​して、また凹んでたはず。

専業主婦の手前、スーパーのお惣菜はなるべく避けていたけど、こ​ういういいこともあるのね。

コロッケ、バンザイ!!




するとすると、「心の余裕と時間が500円で買えるなら安い」「心の余裕と時間買いまくってるー」というコメントがワーママさんからちらほら寄せられました。

「働きながら、家事も手は抜いてません」という感じのお友達だったので、なーんだ、そうだよなと安心しました。

あるお友達なんて「手抜き」と言わず、「要領」と言うことに嬉しくなりました。


専業主婦って働いてはいないけど、やっぱり心と時間の余裕が欲しいときはお惣菜を利用してもいいんだよなとちょっと気持ちが楽になりました。

お惣菜と呼ばず「心と時間の余裕の品」と呼べばもっと買いやすくなるわ。


本文と関係ないけど、3月29日の桜です。

sakura31.jpg

弥五郎の里で5分咲きっていったとこでした。



昔の友達と先生

2012-02-04-Sat-01:26
時間がないのと、短いことはFacebookに書くようになってしまい、1ヶ月以上振りの更新となりました

でも文章を起承転結で組み立てて書くって大事だし、自分の中の備忘録として残しておかないと。


・・・・ということで1ヶ月前の同窓会についてです。


一応幹事だったので、集合時間の20分前に到着。

すると、仕事が微妙な時間に終わって早く来てしまったというYくんがいてびっくり。

目の前の33歳のYくんと私の記憶の中の小学生のYくんが重なるやら、重ならないやらで不思議な感覚で話をしました。

Yくんだけでなく、中学卒業時以来という友達がほとんどだったので、みんな33歳の姿なんだけど、心も見た目も小学生の友達と話してる、不思議な感覚を3時間味わうことになったのです。

今回男性陣が多かった出席者。33歳となるとみんなそれぞれ仕事で苦労をしてるせいか、仕事の苦労が顔ににじみ出てるなーというのが見た目の第一印象。

自分が20代のときに男性を見るときに思ってた「男は顔つきを見ろ」というのがもろ表れてるのです。

私が思うに女の人は仕事の苦労より、育児や家庭に苦労があるときに顔に出ていることが多いような気がしてます。

よって、彼らの目に私は「あ、こいつ子育てで苦労してるわー」というのが映ってたに違いない・・・


多分みんなどんな再会になるだろうと、多少緊張して来たはずなのですが、10分ぐらいで緊張もほぐれ昔話がはずみだしました。

何しろ20年前の小学生時代のこと。

みんな記憶が断片的なので、みんなで「あのときはあーだった」「こーだった」と記憶の断片を繋げて、ひとつの出来事が鮮明に思い出されていく様子がとっても面白かったりしました。

その覚えている断片断片でもみんなのなかでキラキラしたものなんだよな


小学校時代といえば、所属する友達グループによる優劣、学歴による優劣などが出来る前の友達なので、ざっくばらんに話せる関係が心地いいのです。

そして男性陣たちが、今の仕事に対する自慢や苦労話をしなかったのも、みんなが楽しい雰囲気で話せた要因でした。

あー昔の友達っていいなぁ


そして先生。最初はお酒も進んで縦板に水のごとく懐かしい話をしていたのですが、見事に酔い潰れました・・・・

先生の威厳ないやーーーん。

私たちの担任だった当時は確か37歳、38歳だった先生。

圧倒的な指導力と魅力でとっても大きく見えたのに、酔っ払って船を漕ぐ姿に「なんだか先生も小さくなったなぁ」と思えてしまいました

でもあのときの先生の歳まで私たちも後4~5年。

職業は違えどあのときの先生には自分は追いつくことはできないよなと、30代になってやっぱり先生ってすごかったなと思い知らされました。

クリスマス、好きになりました!

2011-12-31-Sat-02:49
昔は「クリスマスってイエス・キリストが生まれた日なのに、大半の人がクリスチャンではない日本人がどうしてあんなに騒ぐのだ?どうして恋人と過ごさなければならないのか?」という意固地な疑問があり、クリスマスがあまり好きではありませんでした。

それで学生時代は毎年イブはバイトばかりしてました。みんなが出たがらないクリスマスイブに働けば感謝されるしという欲もあってですが。


でも今年、クリスマスムードに対する意固地な嫌悪感を見事に払しょくしました

だって子どもたちが「クリスマス~クリスマス~」いってかわいく騒ぐんだもーーん。

12月に入って子どもたちとせっせとツリーの飾り付けました。

12月の幼稚園の行事ではサンタさんが来た!とミニラは終日大騒ぎでした。

また、毎日のようにミニラは「サンタさんにあれとあれとあれをお願いしようかなー」と図々しく悩んでおりました。

そしてイブの1週間ぐらい前から毎日「ジングルベル」の歌を2人でタンバリンを叩きまくりながら歌っておりました。

こんな子どもたちの姿を見てたら、嫌悪感なんて吹っ飛びますとも!!

santadayo.jpg



クリスマスイブ当日。

ここ2年は町の青年団のサンタクロースをお願いしてたのですが、今回はプレゼントが少しお安かったのと、目に見えないサンタクロースの存在を想ってもらおうと、今年はお願いしませんでした。

でもミニラは毎年夕方から夜にサンタクロースが来てくれるから、今年も来てくれると思っていたのでしょう。

もちろん夕食、ケーキ食べてもサンタが来ないことを少々不安に思ってました。


「いい子にしてたら、夜中にサンタさんがやってくるかもよー」

と言い聞かせ、夫と家のドアを少しだけ空けに行ったりして、枕元にクリスマスツリーを置き、レゴブロックで作ったクリスマスツリーも置き、「しんかんくんのクリスマス」の絵本を読んでなんとか寝かせました。

treerashii.jpg



サンタの業務は午前1時に完了。

そして翌朝、まず枕元にプレゼントを見つけたのはミニラ。

大興奮してジュニアを起こします。続いてジュニアも大興奮。フォーゼドライバーも買ってあげた後だったからあまり高くないプレゼントなのに大興奮してくれてありがとうよ。

present11.jpg
アストロスイッチとフォーゼのきゃらっちとてれびくんの雑誌の3点。目線はテレビのゴーカイジャーなり。


そして私に「お母さん、サンタクロースに会った?ミニラの手紙読んでくれたかな?サンタさんトナカイに乗って来たかな」と聞いてきました。



うふふ~

やっぱりサンタクロースは目に見えないほうが夢があって、興奮もひとしおでいいもんみたいです

そういえば私がサンタクロースの存在を信じていた5歳、6歳のクリスマスプレゼントが何だったかは鮮明に覚えてるし、欲しかったプレゼントが枕元にあったあの興奮は今でも忘れないもんなぁ。

ちなみに5歳のときは赤いドレスのリカちゃん人形。

6歳のときはデラックスハウスというリカちゃんの家でした。←これ高かっただろうなぁ。


来年のクリスマスはミニラは6歳。

サンタクロースの存在に気付くかどうか微妙なお年頃でもあります。

どうか「サンタクロースは親なんだよ」とか吹き込むお友達に出会わないで、来年も喜んでくれることが願いです。




末っ子っていいなー

2011-12-02-Fri-23:32
未だ専業主婦の私は朝ミニラを幼稚園に送りだしたら、ジュニアの相手と家事とちょいとの用事だけと割とのんびり過ごせています。

そんな私が「あー幸せだなー」と思うのは、ジュニアと手を繋いで歩いて買物に出かけるとき。

ジュニアもそれを感じてるみたいで「お母さんとジュニアはハッピーラブラブだね」とにこにこしています。

(これドキンちゃんが「夢は食パンマンさまとハッピーラブラブ」というのを聞いて、私とジュニアの間で仲良しというのはハッピーラブラブと言う)

こうやって母親とのんびりすごせるのって末っ子の特権だよなー


2番目が生まれるまでは、1番目の子ともいっぱいラブラブな日を過ごしているはずなんだけど、うちの場合せいぜいそれは2年間。

その2年間って親にとってはとても貴重な時間でも、子どもにとっては記憶にまったく残らない時間なのです。

写真とかは間違いなくいっぱいあるはずなんだけどね。


それに比べてジュニアは今3歳。

もしかしたら、今こうやって母ちゃんと過ごしている時間が記憶に残っていくかもしれないのです。

そう考えると専業主婦の母親と記憶に残るかもしれない時間をゆっくりと過ごせる末っ子ってとても幸せもんだなぁ、と母親と2人っきりで手をつないで歩いた記憶がない第1子の私は寂しく思いましたとさ。


omrice1.jpg

末っ子、「オムライス作って」と面倒な要求も昼だと聞いてもらえる。

夕食だと3つは作らないといけなくて面倒だから、断る可能性も大・・・・

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