島美人のちょっとした幸せ

自称島美人である私の子育て生活と日々のちょっとした幸せを綴っています。

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こころ温まるつぶやき

2011-03-16-Wed-01:43
東北地方太平洋沖地震が起きてから、テレビから流れてくるのはおぞましい津波とその惨状、被害者の数、家族を失った被災者たちの悲しい姿、被災者たちの苦しい避難所生活、福島原発の被害状況です。

でもこれが現実なのですから、どれだけの地震と津波だったのか想像もつきません。

先日、志布志という港町まで病院のために出かけたのですが、人口3万人のこの街もこの前の津波がきたら街ごと全部なくなってしまうことに気付き、津波の恐ろしさが少しだけ想像できたような気がします。


私は鹿児島在住なので地震の揺れもなく、停電もなく、気楽なもんだと思われるでしょうが、これだけの惨状を見ていると、自分たちが今は安全で不自由ない生活を送っていられることのありがたみを今更ながら感じます。

私の親戚、友人は関東在住者も多いので、彼、彼女らの様子を聞いていると余計にそう思います。



テレビではどこも同じようなことしか報道していないので、ツイッターをよく眺めているのですが、とても温かい、元気になれるツイートが多いこと多いこと。

テレビなど報道陣が詰問するような口調で質問していたり、コメンテーターが批判をしてるのを見ると、報道のプロの人たちよりも、顔も知らない人たちの言葉にほっこりさせられたり、涙がこぼれたりします。


ツイッターというのは顔も知らないかたや有名人の今のつぶやきがどんどん流れていき、過去のつぶやきを見ることはとても難しいので、私の覚えている範囲で抜粋です。(記憶の範囲なので正確ではないこともあります)



自衛隊のかたが助けた被災者の数が9700人を超えました。本当にありがとう。もっとこういうことを報道してくださいよ。(3月14日現在です)


私の父は原発職員で退職間近でしたが、志願して福島原発に派遣されました。こんな父を誇りに思います。


福島の友達が、「被ばくで怖いのは、健康被害じゃなくて、差別」と言っています。どうか「自分は差別しない!」と胸を張って言って下さる方、RTを下さい。偽善でも、その数を友達にみせてあげたいのです。


東電も原発も自衛隊も警察もレスキュー隊のかたもみんな不眠不休で頑張っています。それを非難できる人なんていないはずです。


九電の入社試験の面接のときにこう言われた。「電気なんてあって当たり前と思わている。あるのが当たり前だから感謝もされません。でも、なかったら非難されます。それでもうちを志望しますか?」


紙おむつ、粉ミルク、簡易食料をこっそり自分の荷物の中に隠して持って現地に赴く自衛隊員がいる。それを表向きは注意しながらも目をつぶる上官たちもいる。





追記

2番目のツィート、Yahoo!でもでましたね。

私の記憶違いでしたが、このお父様は電力会社で原発を専門にやっておられるとのことでした。

これって記者がツイッターから拾って取材したんだよな、多分。




おねぼうさん

2011-03-03-Thu-10:44
11月末にミニラとチューリップの球根を10個植えてました。

うち9個は12月に発芽して、寒さに耐えながら少しずつ成長しておりました。いつまで経っても1個だけ発芽しそうになかったので、外れたかと諦めていたのです。

2月末、寒さが少し緩み春らしい陽気になり、チューリップたちは急にぎゅんぎゅん伸び始めました。その横で、あれ?最後の1個が今ごろ発芽し始めたじゃないですか!!


tulip.jpg



子どもたちが大好きなこの絵本のお寝坊なお兄ちゃんのようです。

999ひきのきょうだいのはるですよ999ひきのきょうだいのはるですよ
(2009/04)
木村 研

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絵本のお兄ちゃんのようにでっかい花を咲かしてくれるのか??



春を感じるのに植物は正直です。

残念ながら畑の小松菜も花を咲かせており、休んでいた雑草たちも急に伸び始めました。





青春時代にいっぱい映画は観ておくべし!

2010-12-04-Sat-01:41
TSUTAYAがポストに返却サービスを始めたので、ウハウハ言ってDVDを借りに出かけました。

久しぶりに感動する恋愛映画でも観てみるかとmixiの映画のコミュでリサーチして、借りたのはこちら。

P.S.アイラヴユー プレミアム・エディション [DVD]P.S.アイラヴユー プレミアム・エディション [DVD]
(2009/03/25)
ヒラリー・スワンク、ジェラルド・バトラー 他

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夫を病気で亡くした主人公のもとに、死んだはずの夫から手紙が届くというもの

ほら、今の私の環境からしてみれば重ね合わせて感動してもいいはずだよ。

でも感情移入はあまりできず、あの手紙は誰からだよなとか次はどうなるかなとか邪道なことばかり考えて観ておりました。

音楽もおしゃれでラストもきっちり納得がいくものだと思います。(ネタばれだけど、ラストはこの男性と恋に落ちるのか、どうか?というのがうやむやなのが私としてはとても好きです)


そして先週の金曜ロードショーで「ゴースト」があっていたので、久しぶりに観てみました

私が中学のときに観て、とにかく感動して泣いて泣いて、私にも将来恋人ができてその男性が亡くなったらゴーストとしてそばにいてくれるかななどと、たくましく想像を膨らませておりました。

10回以上は観ているのですが、今回4年ぶりぐらいに久しぶりに観ても、デミームアの涙には感激し、アンチェインドメロディのシーンはうっとりし、ウーピーの演技には大笑い。

何回観ても、初めて観たときのように、すっと感情移入ができるのです。


あぁ、これが10代の多感なときに観る映画と30代の物事を少々醒めた目で見るようになってしまった年代で観る映画との違いかぁ。

恋愛映画、青春映画だったら特にです。

逆に家族映画、子どもの成長なんかをテーマにした映画になるとすっと感情移入できるようになったんだけどね。


10代、20代前半の多感な時期に映画をいっぱい観ておくこと。本をいっぱい読んでおくこと。

これは自分にとって大きな財産だよな。

30代、40代になって取り戻そうと思っても、映画や本に対する観かたや読みかたが変わってしまうのだし。

私は映画も観るし本も読むけど、10代、20代の前半までの多感な時期に映画を観て涙したこと、本を読んで涙したことに積み増しすることはできないのです。

逆に自分が40代、50代になったときに、30代のときに観ておいたほうがいい映画、読んでおいたほうがいい本をその歳になって読んでも、積み増しすることはできないかもしれないのです。

だから今は今の自分に合った映画や本を観たり読んだりしなきゃな。

そして、子どもたちにも親の元にいる10代の間にたくさんの財産を作れるように促すことも親の役目のひとつじゃないかぁと思います。



次のDVDはまた観たことないのを1枚借りてみて、もう1枚はこれにしようかな。

いまを生きる [DVD]いまを生きる [DVD]
(2006/01/25)
ロビン・ウィリアムズ、ロバート・ショーン・レナード 他

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また青春時代の自由で熱い感情に浸ってみなきゃ

(ちなみに「いまを生きる」を観たことなくて、気になっているから観てみようかな―と思ってる20代後半以上のかた。夢、情熱、自由などが少々胡散臭く思えて、多分すっと感情移入はできない可能性が高いかもです。)




ライトなホークスファンです

2010-10-20-Wed-11:08
ソフトバンクホークス、今年クライマックスシリーズで敗れる・・・・

週末が体調悪く、だらだらテレビの前で寝ころんでたので、結局全試合観てました。

そして、毎日イライラしてました

ホークスファンの人たちのmixiやツイッターやメールは、私のイライラどころかかなりお怒りの様子・・・・



さて、私がソフトバンクホークス(旧ダイエーホークス)のファンと言えるようになったのは意外と遅く、就職後東京に出てからでした。

あ、でもユニフォームを着て応援するほどでもなく、帰省したときに日程が合えば球場に行く程度のライトなファンだと思います。


たまたま職場の店のバイトくんたちに野球好きが多かったので、

「みっちー(当時のバイトくん、バイトちゃんからの私の呼ばれ名)は福岡出身だから、ダイエーファンなんやろ?」

こう聞かれていました。

当時のホークスといえば毎年優勝か日本一を狙うぐらいの黄金時代。

福岡の球団であるホークスが関東の人にも注目されているのが嬉しくて、みんなに「そうよー」と答えていたら、その気になってしまったといういい加減なものです。

その数年前から福岡全体でホークス応援ムードだったので、福岡でどの店に入っても聞くのは「いざゆけ若鷹軍団」の歌。

福岡の人の8割は、歌詞は正しくなくてもあの歌を歌えると言っても過言ではないです。

・・・と深夜の営業を終了した店でこの歌を歌ったら、「なんだ?その歌は!」とバイトくんたちに爆笑されました。

爆笑されるぐらい、故郷のプロ野球球団のホークスというのは、私にしっかり染みついていたのです。

東京人の上司に小馬鹿にされていた私の博多弁といい、若鷹軍団の歌といい、私はどこに行っても福岡の人間なんだと実感すると同時に、自分の故郷の福岡が愛おしくなりました。


福岡にホークスがやってきたのは私が小学4年生のとき

当時の男子たちは平和台球場にホークスの試合を観に連れて行ってもらうのが楽しみだったみたいです。

当時は4、5位が定位置の球団だったのに、福岡ドームができ、王さんが監督になり、スター選手がFAで入り、日本一になり、どんどんファンが増えていきました。

強くなったのはもちろん、地道なファンサービス、ファン参加のイベントなどの賜物なのでしょう。

当時、ちょいとださいデザインの帽子をかぶってた男子たちは、今もホークスファンなのかなぁ。


うちの70歳過ぎの伯母の自宅には孫の七五三の写真と並んで、和田毅選手の写真が飾ってありました。

「和田君、あの人かっこよかろーが

という連れ合いを亡くしたけどキラキラした伯母の目を見ると、これが地元の人に愛されている球団なんだなぁとしみじみ思います。


来年こそは頑張ってほしいなぁ


hawks.jpg

別に子どもたちにホークスファンを強要はしてません~

ただ、福岡に帰省したときにドームで試合を観ることができるのはホークス戦だよーとは言いますが。

オバちゃんステキ!

2010-09-23-Thu-00:55
連休は福岡に3日ほど帰ったので、先月末に生まれたAちゃんの赤ちゃんを見に、同じく大学時代の友達のCちゃんとお出かけしました

このCちゃんも以前このブログにも登場している、私のことを「オバ」と呼ぶ友達です。


この日の私は子どもたちを夫に預けたので(うちの2人、Aちゃんに会うとワルソウテンションMAXで手に負えなくなる)足取りも荷物も気持ちもとっても身軽~

Cちゃんは1歳半の娘と一緒で、Cちゃんの運転中は娘ちゃんの相手をかいがいしくしておりました。自分の子が目の前にいないと余裕もあるから、友達の子をじっくり相手できやたらとかわいく感じてしまいます。

Cちゃん運転中も「オバの本当におばさんらしい口調がかわいい」とケタケタ笑っております。

すると娘ちゃんが私を指差して

「オバッ」

と言うではないですか!

今まで「オバちゃん」と言われてまあそれもいいかと思いきや、「オバ」と呼ばれて嬉しくなりました。

オバと呼ばれ続け10年余り、やっとオバちゃんと呼ばれるのがとても似合い、抵抗ないお歳ごろになってきたようです。


そう、子ども目線からいくと、自分のママのお友達は30歳過ぎていればみーんなオバちゃんなんです。

子ども目線で「おねえちゃん」は自分のすぐ上の女の子からせいぜい25歳まででしょうか。

子どもから「オバちゃん」と呼ばれて「おねえちゃんよ」と言いなおしさせると「こわいおねえちゃん」と映り、「オバちゃんよー」とひらきなおってしまうと「かわいいオバちゃん」として映っているはずです。

肩の力抜いて「オバちゃん」になってしまうと、なかなかいいもんですよ。


このCちゃんの大好きなところはとても褒め上手なんです。

「オバのバッグかわいいー

「オバのほうがママより靴下はかすの上手やけんねー

「オバに任せたら安心やん

「オバ大好きよー

などなど、お褒めの言葉オンパレードです。褒められ慣れてない長女のオバちゃんは少々照れるばかりですが。

もちろん娘ちゃんにもこうやって接しています。

いっぱいいっぱい褒められて、大好きよーと言われて育つ娘ちゃんは本当に幸せです。

私はうちのワルソウ2人にいつも「ばかちんがー」「なんばしよっとねー」とばかり言ってるから、少々見直してやるか。


こちらは本文と関係ありませんが、22日ののぼり始めた名月です。

meigetsu.jpg

残念ながら、今は大雨なり。





摩訶不思議な存在です

2010-09-02-Thu-09:51
mixiでも散々つぶやいておりましたが、このブログでもたまに登場するかわいい(自称)Aちゃんに赤ちゃんが生まれました

大学時代からお互い「私のほうがかわいい」と言い続けて十数年、ついにママ仲間になったかぁと感慨深いものでした。

そろそろ「私のほうがかわいい」は止めて「うちの子のほうがかわいい」になるか?


このAちゃん、出産は破水から始まったようで、入院はしたが痛くもないし暇だったようで、「今朝破水して入院しとう」というメールを昼過ぎにくれました。

今まではどの友達も出産後の「生まれました~」メールだったので、「今から産むから」なる宣言?メールをもらったのは初めてでした。(まあ、お産って何があるかわからないから、私も産後にみんなに報告だったけどさ)

そんなん言われたってことは、Aちゃんご家族と一緒の舟に乗ってしまった同然です。

これまた友人であるダンナくんにメールしたとこ、ダンナくんから電話がきて、

「『午後ティーとおやつを買ってこい』と命令された、ガッハッハ」

と興奮しきった声で話されました。うーーん、こういうとき男というのは舞い上がるばかりのもんらしいです・・・・

あなた、嫁さんが今から地獄の苦しみを味わうっていうのに。

その日のうちに陣痛はこなかったようなので、ならば明日の午前中以降になるんだろうなーと思いつつ寝たら、朝の6時、ダンナくんの「病院から呼び出された」というメールで起こされました


明日だろうなーと私が呑気に寝ていた間にAちゃんは夜通し地獄の苦しみを味わっていたようです。

以降メール着信音を最大にして、お弁当を2つ作りーの、ミニラとジュニアに朝ごはんを食べさし―のしながらもいまかいまか待っていたら、8時過ぎの夫を職場に送った後の車の中で

「ピタゴラスイッチ~

というメール着信音が鳴りました。

「迷惑メールだったらくらすぞ」と思いながら、急いで携帯を確認したら、無事に生まれたとのこと

ほっとしてへたりこみたい気分でしたわ。

後はもう私も気分的にるんたった♪状態で何するにも鼻歌まじり~です。

午後に電話してみたら、Aちゃんは元気ぴんぴんで早口でこうまくしたてました。

「死ぬかと思ったよ。みずちがちらりと言いよった『無痛分娩』にせんかったことをまじ後悔した。あっちこっち痛くて眠れんけん、未だ起きとう。私の1時間後にも生まれる妊婦さんがおったけん出産を急ぎよったとって。ああ、赤ちゃん?かわいよー」←赤ちゃんについてのコメントが最後というのもポイント

「天使のような赤ちゃんが生まれて幸せいっぱいよー」という雰囲気は2割程度しか感じられず、元気な文句たらたらでした。

この母の元、赤ちゃんは強く育つに違いないぞ。


ママ友達と違って、昔からの友達の子というのはみんな不思議な存在です

どうしても「この子、○○ちゃんの遺伝子をしっかり引き継いでるんだなー」という目で見てしまいます。もちろんとってもかわいいのです。

更に今回生まれた赤ちゃんは、長年の付き合いのAちゃんとダンナくんの掛け合わせという、私からすれば2重に摩訶不思議な存在です。

どんな顔してるのか、実物に早く会ってみたい!!

この赤ちゃん、ダンナくんの意思で「鉄ヲタ」に鍛え上げられるだろうから、うちのミニラとジュニアの子分になること、間違いなしです。


写真は出生2日目のジュニアの手。生まれた赤ちゃんの手も今はこんなに小さいんだよなー


handkei.jpg


あ、今日はジュニアの誕生日だ。早くケーキにアンパンマン描かなくちゃ。




恋をしよう!

2010-08-25-Wed-10:01
女性の文体の軽い本が読みたくて、ぷらりとこちらを読んでみました。

くまちゃんくまちゃん
(2009/03)
角田 光代

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20代~30代の男女の「恋に落ちる」「付き合う」「ふられる」を描いた作品。

どの主人公もあまり頑張りすぎず「ほのぼの」か「さばさば」しているのがとても魅力的。

主人公がバトンタッチ的にかわっていくのもよろし。

最終的には登場人物たちがみんな地に足をつけてしっかり歩いていくようになり、元気をもらえます。


軽い気持ちで読んだはずなのに・・・・ずどーーんとはまってしまいました。

自分にはこういう時代はもう戻ってこないんだろうな。



恋に落ちる衝撃、付き合う心地よさ、ふられる切なさ。

まだ独身のみなさま、どうかいい恋愛をいっぱいしてください。


誰と誰が付き合ってるという話が女子で1番盛り上がる話だった10代後半。

「くまちゃん」のような恋愛が周りの友達でも起こっていた20代。

恋愛どころか「うちのダンナが、子どもが・・・・」という話をする30代。


歳を重ねるだけでなく、確実に次のステージ、次のステージと進んでいるようです。


このもやもや気分、海行きたいなーーー




1/4のスイカ

2010-08-21-Sat-01:10
アパートの斜め下にお住まいの夫婦からスイカを1/4いただきました。

1/4のカットでもかなりビッグサイズです。

ミニラは種をほじくりつつ、喜んで食べてました。ジュニアはお気に召さなかったよう。

suika1.jpg



翌日、その奥さんにお会いしたので、お礼を言うと

「うちもいただきものだったのよ。夫婦だと食べきれないから、いただいてもらって助かったわー」

と言ってくださいました。

おそらく私の予想だと夫婦がいただいた大きなスイカは1/4はご夫婦で食べられて、1/4が我が家、1/4が同じアパートの下のご家族、1/4は夫婦のお友達に分配されたのではないかなーと思っています。

核家族化で小玉のスイカやカットスイカが売れる時代に大きなスイカを何家族かで分け合う、これも昔からの日本の夏なんだろうなーとふと思いましたとさ。


うっかり2日間えさをやり忘れていたカブトムシにスイカを少しあげるとものすごい勢いで食いついてました。ひもじかったのね・・・・すまん。

suika2.jpg

受け継がれていくもの

2010-08-12-Thu-15:47
私の祖母は87歳で精神病と脳梗塞と原因不明の皮膚病を患い入院しています。

先月、お見舞いに行ったところ私のことも分かっていないようでした。

自分がよく知っている人に、自分が映っていない現実をつきつけられるのはやはりショックでした。

今年のはじめまでは私と私の赤ちゃん(ミニラのこと)のことは分かっていたみたいです。

祖母の黄色になってむくんでしまった顔を見て、「あ、長くないかも・・・」と瞬時に察してしまいました。

また、そう察してしまった自分にもショックを受けました。



実家と祖父母の家は歩いて5分という距離でしたので、小学生のころの私はよく祖父母の家に遊びに行ってました。

そこで絵を描いたり、おやつを食べたり、ボードゲームをしたりして時間を過ごしました。

そんなとき祖母は自分の小さいときの話をよくしてくれました。子どもながらよくそんなことを憶えているなーと感心したものです。

今、考えてみると私は会ったこともない祖母の話の中のお母さん(私からいえばひいお祖母さん)の血を私は脈々と受け継いでいるのであって、ミニラやジュニアもその血をひいています。

私が絵が得意なのも、足が大きいのも祖母譲りなので、もしかしたら祖母の父か母もそうだったのかもしれません。

そして、足が大きいことはジュニアにもしっかり遺伝しています。


多くの人が亡くなると荼毘(だび)にふされて、お骨しか残らず、姿形は消えてしまいます。

でも、姿形は消えてしまっても、思い出はもちろんのこと、親族には遺伝という形でその人の何かが残されていきます。

遺伝という不思議な贈りもの。感謝すべきところもあり、苦労させられるところもある。

でもそれは祖父母、父母から私と弟だけが受け継いでいるものだと思うと、もっと大事にしようかな。


次に祖母に会える機会があるならば、祖母の足をなでなでしてこようと思います。





お盆前という時期的に私の友達も祖母についてブログに書いていて、同じような立場の孫として涙がこぼれそうになったので、転載します。


午後からは祖母もお墓参り。
「自宅に近いところだったら、行きやすいけんね。」
という理由で準備したお墓に、叔母や父の介添えがあってようやく
(なおかつ久しぶりに)行けた祖母を見て、切ない気持ちになりました。
祖母の背中はますます丸く小さくなっていて
その背中と、前回会ったときよりも穏やかになった祖母の表情を見て
人はこうやって少しずつ死に近づいていくんだろうな、と思いました。
死は決して怖いことではないし、悲しいことでもないけれど
でも、残される人にとっては、やはり悲しくて寂しいことだな、とも思い
祖母を見て、そんなことを考えてしまったことに落ち込みました。

来週はお盆。
祖母は、お盆のお墓参りはお休みです。
どうか。
どうかもう一度、祖母がお墓参りに訪れることができますように。
厳しい夏の暑さが過ぎて、過ごしやすい季節になった
秋のお彼岸にお墓を訪れられますように。


私の地元の祭り

2010-07-17-Sat-09:33
15日の早朝は博多祇園山笠のフィナーレ、追い山でした

私の毎年恒例行事として、朝4時半に起床して、追い山中継を観るためにテレビにはりつくのです。(去年は1番山だけ見て、爆睡してしまいましたが、なにか?)


まだ明けやらぬ闇の中、山が動く前のあの緊張の張りつめた空気が、テレビからもびんびんに伝わってきます。

山を舁く(かく)男たちのびんびんに気合いの入った勇ましい顔がまたステキなのです。

4時59分の1番山が「やーーーっ」という声でスタートしてから、今までの張りつめた空気が溶け、最高の盛り上がりを見せます。

男たちの「おいさっおいさっ」という掛け声と櫛田神社の狭い清道を山を舁く技術、本当に走るように揺れながら動く山、沿道からかけられる清い水、夜が少しずつ明けていく様子。

これらすべてが目の離せないもので、山笠の醍醐味です。


他県の人にしてみれば、そんな早朝の4時59分にご迷惑にお祭りなんてせんでもいいのに、誰か見に行くわけ?と思うでしょ。

それがどっこい、うじゃうじゃ人がいるのです


今年はmixiのつぶやきやツイッターができたこともあり、山笠中継を何人かと共有できたのもなかなか新鮮でした。けっこうみんな朝4時半から起きてるし。

再来年は追い山が3連休と重なるので、生で見に行くぜぃ

息子たちは14日の流舁きに連れて行くぜぃ。


それにしても、これだけ引っ越しを重ねていると、行く先々で色々な地元の祭りと出会います。

でも私は地元の祭りというのにうまく気持ちが乗らず、どうも居心地が悪いのです

そりゃあ祭りってその土地の人が代々受け継いできたものであり、地元の人は小さいときからその祭りに親しんで育ってきたのです。
にわか住民の私とその祭りに対する思い入れが全然違って当たり前です。


でも、追い山中継を見るために睡眠時間を削って朝4時半に起床する私は、どこに住んでいても私の地元は山笠の町なんだなぁとしみじみ感じてしまいました。


山を舁く(かく)知り合い。

山を舁く旦那さんを家で待つ友達。

追い山を見に行く友達。

私と同じように山笠中継を家で見る友達。

子どもと飾り山を見に行く友達。


私と同じように地元の祭りを愛している人がこんなにいるんだと思うと、どこに住んでいてもとても心強くなります。


(断っておきますが、私の地元の友達みんなが山笠好きというわけでもなく、むしろあまり関心がない友達のほうが多いのです。そんな友達も私の大事な地元の友達です。) 

こちら3年前の飾り山の写真なり。

yama1


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