島美人のちょっとした幸せ

自称島美人である私の子育て生活と日々のちょっとした幸せを綴っています。

スポンサーサイト

--------------:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

受け継がれていくもの

2010-08-12-Thu-15:47
私の祖母は87歳で精神病と脳梗塞と原因不明の皮膚病を患い入院しています。

先月、お見舞いに行ったところ私のことも分かっていないようでした。

自分がよく知っている人に、自分が映っていない現実をつきつけられるのはやはりショックでした。

今年のはじめまでは私と私の赤ちゃん(ミニラのこと)のことは分かっていたみたいです。

祖母の黄色になってむくんでしまった顔を見て、「あ、長くないかも・・・」と瞬時に察してしまいました。

また、そう察してしまった自分にもショックを受けました。



実家と祖父母の家は歩いて5分という距離でしたので、小学生のころの私はよく祖父母の家に遊びに行ってました。

そこで絵を描いたり、おやつを食べたり、ボードゲームをしたりして時間を過ごしました。

そんなとき祖母は自分の小さいときの話をよくしてくれました。子どもながらよくそんなことを憶えているなーと感心したものです。

今、考えてみると私は会ったこともない祖母の話の中のお母さん(私からいえばひいお祖母さん)の血を私は脈々と受け継いでいるのであって、ミニラやジュニアもその血をひいています。

私が絵が得意なのも、足が大きいのも祖母譲りなので、もしかしたら祖母の父か母もそうだったのかもしれません。

そして、足が大きいことはジュニアにもしっかり遺伝しています。


多くの人が亡くなると荼毘(だび)にふされて、お骨しか残らず、姿形は消えてしまいます。

でも、姿形は消えてしまっても、思い出はもちろんのこと、親族には遺伝という形でその人の何かが残されていきます。

遺伝という不思議な贈りもの。感謝すべきところもあり、苦労させられるところもある。

でもそれは祖父母、父母から私と弟だけが受け継いでいるものだと思うと、もっと大事にしようかな。


次に祖母に会える機会があるならば、祖母の足をなでなでしてこようと思います。





お盆前という時期的に私の友達も祖母についてブログに書いていて、同じような立場の孫として涙がこぼれそうになったので、転載します。


午後からは祖母もお墓参り。
「自宅に近いところだったら、行きやすいけんね。」
という理由で準備したお墓に、叔母や父の介添えがあってようやく
(なおかつ久しぶりに)行けた祖母を見て、切ない気持ちになりました。
祖母の背中はますます丸く小さくなっていて
その背中と、前回会ったときよりも穏やかになった祖母の表情を見て
人はこうやって少しずつ死に近づいていくんだろうな、と思いました。
死は決して怖いことではないし、悲しいことでもないけれど
でも、残される人にとっては、やはり悲しくて寂しいことだな、とも思い
祖母を見て、そんなことを考えてしまったことに落ち込みました。

来週はお盆。
祖母は、お盆のお墓参りはお休みです。
どうか。
どうかもう一度、祖母がお墓参りに訪れることができますように。
厳しい夏の暑さが過ぎて、過ごしやすい季節になった
秋のお彼岸にお墓を訪れられますように。


スポンサーサイト

COMMENT



祖父母

2010-08-12-Thu-23:35
87歳の高齢で、精神病と脳梗塞、さらに皮膚病とは辛いね。
ここまできたら残酷かもしれないけど、意識がない方が楽かも
しれない。精神病で苦しんでいるだけにそう思った。

ちなみに僕の母方の祖父が99歳の白寿を迎え、現在、母や他の
息子達も福岡へ集まっている。99歳の年になるともうほとんど
の事を覚えていない。最後に会った時には僕を弟と混合していた。

第2次世界大戦や戦後の復興、経済成長の中を生き抜いてきた祖父母達。長い長い人生を生きてきて、今どういう思いなんだろう。

ありがとう

2010-08-13-Fri-00:11
ブログって不思議だね。
直接会って話すときとは異なる出来事や想いを共有できる。
きっと直接会って話しても、こういった話題は出ないと思うの。

だから、本当にありがとう。
   姿形は消えてしまっても、思い出はもちろんのこと、
   親族には遺伝という形でその人の何かが残されていきます。
この言葉に励まされました。

レスレス

2010-08-14-Sat-02:47
>B270ホルスタイン
祖母の精神病は3年ぐらいかなー
本人はどうかわからないけど、母や病院のスタッフはけっこう大変みたい。
お祖父さん、99歳ってすごいねー
99歳となるとほとんどのことがわからなくても、白寿のお祝いで人が多くて、なんとなくにぎやかで楽しいなーと思ってもらえれば幸せなんじゃないかな。
こういう長生きのお祝いって歳を重ねると、本人より周りが長生きしれくれたことを喜び、感謝するものになるよね。
戦争に高度成長と祖父母たちは激動の時代を生きてきているんだよね。
特に戦争を語ってくれる人がたちがどんどん少なくなってしまうから、私たちの世代は風化させない努力を一層しなきゃなぁと8月15日を前にして思います。

>のりぞう
文章って不思議だよね。
直接会うとやっぱりこういう内面的な話はしないんだよね。
こちらこそありがとう。

のりぞうブログにたまにかわいらしいお祖母さんのことが出ていたけど、そのお祖母さんもお墓参りに行くことが困難を極める状況であることを知ると、どのお祖母さん、お祖父さんも少しずつ衰えつつある現実に寂しくなりました。
いつまでも元気でいてほしいと願う一方で、死という現実を考えてしまいショックを受けるのは、孫としての気持ちは同じなんだなぁと思いました。
遺伝、私はたまたま分かりやすいものだから気付けただけだよー
でも形として分かりにくくても、割合としては自分の1/4は祖母からのものだから、大事にしないとね。

高齢者と人生

2010-08-25-Wed-19:18
祖父の様に白寿を迎えた時、どれだけの人がどのぐらい祝ってくれるかが、これまで歩んで来た人生を映し出す鏡の様に思う。

(上記は中村文昭氏の講演内容の「ある人が死んだ時、その人の葬式にどれだけの人が集まって、どんな感情を見せるかが人生を総括している」に由来)

祖父の白寿祝いに参加したのは母を含めた5人の子供、親戚数名、孫数名。普段は少し痴呆気味の祖父が、挨拶をする時はしっかりとしていたらしい。

B270ホルスタインへ

2010-08-26-Thu-16:02
白寿のお祝い、けっこう集まったんだね。
こういう親戚の集まりとかなると、昔のように子どもが多いといいなーと思うよね。
お祖父さん、挨拶はしっかりしてたなんて、やっぱり決めるところは決めるんだね。
お葬式に集まる人、そうかぁ。
亡くなってからお葬式まで2日ぐらいだから、それまでにすべてを投げ出して駆けつけてくれる人がどれだけいるか、また涙してくれる人がどれだけいるかなんだよね。
まあ、逆に長生きした場合、自分を見送ってくれるはずの人はおらず、自分が見送るばかりという寂しいことにもなるけど。

コメントの投稿

HOME
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。