島美人のちょっとした幸せ

自称島美人である私の子育て生活と日々のちょっとした幸せを綴っています。

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恋をしよう!

2010-08-25-Wed-10:01
女性の文体の軽い本が読みたくて、ぷらりとこちらを読んでみました。

くまちゃんくまちゃん
(2009/03)
角田 光代

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20代~30代の男女の「恋に落ちる」「付き合う」「ふられる」を描いた作品。

どの主人公もあまり頑張りすぎず「ほのぼの」か「さばさば」しているのがとても魅力的。

主人公がバトンタッチ的にかわっていくのもよろし。

最終的には登場人物たちがみんな地に足をつけてしっかり歩いていくようになり、元気をもらえます。


軽い気持ちで読んだはずなのに・・・・ずどーーんとはまってしまいました。

自分にはこういう時代はもう戻ってこないんだろうな。



恋に落ちる衝撃、付き合う心地よさ、ふられる切なさ。

まだ独身のみなさま、どうかいい恋愛をいっぱいしてください。


誰と誰が付き合ってるという話が女子で1番盛り上がる話だった10代後半。

「くまちゃん」のような恋愛が周りの友達でも起こっていた20代。

恋愛どころか「うちのダンナが、子どもが・・・・」という話をする30代。


歳を重ねるだけでなく、確実に次のステージ、次のステージと進んでいるようです。


このもやもや気分、海行きたいなーーー




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1/4のスイカ

2010-08-21-Sat-01:10
アパートの斜め下にお住まいの夫婦からスイカを1/4いただきました。

1/4のカットでもかなりビッグサイズです。

ミニラは種をほじくりつつ、喜んで食べてました。ジュニアはお気に召さなかったよう。

suika1.jpg



翌日、その奥さんにお会いしたので、お礼を言うと

「うちもいただきものだったのよ。夫婦だと食べきれないから、いただいてもらって助かったわー」

と言ってくださいました。

おそらく私の予想だと夫婦がいただいた大きなスイカは1/4はご夫婦で食べられて、1/4が我が家、1/4が同じアパートの下のご家族、1/4は夫婦のお友達に分配されたのではないかなーと思っています。

核家族化で小玉のスイカやカットスイカが売れる時代に大きなスイカを何家族かで分け合う、これも昔からの日本の夏なんだろうなーとふと思いましたとさ。


うっかり2日間えさをやり忘れていたカブトムシにスイカを少しあげるとものすごい勢いで食いついてました。ひもじかったのね・・・・すまん。

suika2.jpg

受け継がれていくもの

2010-08-12-Thu-15:47
私の祖母は87歳で精神病と脳梗塞と原因不明の皮膚病を患い入院しています。

先月、お見舞いに行ったところ私のことも分かっていないようでした。

自分がよく知っている人に、自分が映っていない現実をつきつけられるのはやはりショックでした。

今年のはじめまでは私と私の赤ちゃん(ミニラのこと)のことは分かっていたみたいです。

祖母の黄色になってむくんでしまった顔を見て、「あ、長くないかも・・・」と瞬時に察してしまいました。

また、そう察してしまった自分にもショックを受けました。



実家と祖父母の家は歩いて5分という距離でしたので、小学生のころの私はよく祖父母の家に遊びに行ってました。

そこで絵を描いたり、おやつを食べたり、ボードゲームをしたりして時間を過ごしました。

そんなとき祖母は自分の小さいときの話をよくしてくれました。子どもながらよくそんなことを憶えているなーと感心したものです。

今、考えてみると私は会ったこともない祖母の話の中のお母さん(私からいえばひいお祖母さん)の血を私は脈々と受け継いでいるのであって、ミニラやジュニアもその血をひいています。

私が絵が得意なのも、足が大きいのも祖母譲りなので、もしかしたら祖母の父か母もそうだったのかもしれません。

そして、足が大きいことはジュニアにもしっかり遺伝しています。


多くの人が亡くなると荼毘(だび)にふされて、お骨しか残らず、姿形は消えてしまいます。

でも、姿形は消えてしまっても、思い出はもちろんのこと、親族には遺伝という形でその人の何かが残されていきます。

遺伝という不思議な贈りもの。感謝すべきところもあり、苦労させられるところもある。

でもそれは祖父母、父母から私と弟だけが受け継いでいるものだと思うと、もっと大事にしようかな。


次に祖母に会える機会があるならば、祖母の足をなでなでしてこようと思います。





お盆前という時期的に私の友達も祖母についてブログに書いていて、同じような立場の孫として涙がこぼれそうになったので、転載します。


午後からは祖母もお墓参り。
「自宅に近いところだったら、行きやすいけんね。」
という理由で準備したお墓に、叔母や父の介添えがあってようやく
(なおかつ久しぶりに)行けた祖母を見て、切ない気持ちになりました。
祖母の背中はますます丸く小さくなっていて
その背中と、前回会ったときよりも穏やかになった祖母の表情を見て
人はこうやって少しずつ死に近づいていくんだろうな、と思いました。
死は決して怖いことではないし、悲しいことでもないけれど
でも、残される人にとっては、やはり悲しくて寂しいことだな、とも思い
祖母を見て、そんなことを考えてしまったことに落ち込みました。

来週はお盆。
祖母は、お盆のお墓参りはお休みです。
どうか。
どうかもう一度、祖母がお墓参りに訪れることができますように。
厳しい夏の暑さが過ぎて、過ごしやすい季節になった
秋のお彼岸にお墓を訪れられますように。


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