島美人のちょっとした幸せ

自称島美人である私の子育て生活と日々のちょっとした幸せを綴っています。

スポンサーサイト

--------------:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

桜、満開です

2010-03-31-Wed-23:34
ここ、鹿児島県曽於市は現在桜が満開です


sakuray3.jpg

sakuray2.jpg

撮影は弥五郎伝説の里という高台なので、もう風が強くて強くて、なかなかピントが合ったのが撮れない・・・・

まあ、運よく蜂さんが入っておりました。




sakuray6.jpg

ちょこっとだけど菜の花も咲いています。しかーーーし、今日ミニラはこの菜の花畑を踏み荒らしおった。



sakuray5.jpg

もちろんモデルに「この桜の花をつまんでみなさい」と指示。




この場所で桜&弥五郎さんのショットで狙っている、EOS40D所有の私の母ぐらいの歳であろうマダムがいらっしゃっいました。
マダムのアドバイス通り、桜並木、その影、手前の桜の枝、子どもの走る姿、そして弥五郎さんで撮ってみようと試みるも、なかなかモデルくんたちは思うように動いてくれない。

sakuray7.jpg

うーーん、桜の枝が弥五郎さんにかかってなかったら、よかったのかも。


sakuray4.jpg

悪くはないけど、弥五郎さんにそっぽ向かれているような。




sakuray1.jpg

アドバイスされたのと全然違う位置取りだけど、これが1番おもしろいかなぁ。

あ、弥五郎さんは博多の人やないけん、「なんばしよっか!」とか言わんったい(笑)



なんだか年に1回の桜なのに消化不良なんだけど、明日明後日は雨の予報だから散っちゃうだろうなぁ、残念。

でもぶわっと一気に咲いて、ぱっと散るのが日本人の心をよく捉えているんだろうね。








スポンサーサイト

第1子と第2子の差

2010-03-24-Wed-00:32
うちのジュニアも1歳半となり、一応カテゴリー的には赤ちゃんを卒業しました

そのジュニア「まだ1歳半なんだよな~??」と思えるぐらいしっかりしております。

語彙は数えきれないほどで、すでに「くつしたぬぐー」「じぃーぶぃーでぃー(DVD)みる」「おやつたべたい」などの2語文も話します。

更に、ミニラの弟であるため、一緒にプラレールで遊び、一緒に新幹線&電車の本やDVDを見ているため、すでに新幹線はほとんど区別できるようになりました

すげーーーーっ

だけど、新幹線&電車以外のことも詰め込んであげないともったいないぞ。


兄のミニラは言葉がとても遅かったため、1歳半のときにはまだ言葉を何も発していませんでした。

電車好きになったのも、1歳8ヶ月ぐらいのときからです。

この差は一体何なんだ??


ジュニアを観察してて気付いたことですが、ジュニアはほとんど兄のミニラの真似をして色々なことを習得していっています。

私が話しかける言葉よりも、ミニラの話す言葉を真似しています。

その割合といえば、3:7ぐらいのような気がします。

第1子だって親は大事大事~にいっぱい話しかけてるやーーんと思うのですが、子どもって大人が話しかけるのより、自分により近い子どもが話すことにずっと影響を受けているのです。

これこそ大人の中で育つ第1子と上に近い子どもがいる中で育つ第2子(以降の子)の差です。


ジュニアにとって、兄のミニラは尊敬すべき存在で、ミニラのすること、言うことはかっこいいことだと映っているに違いありません。

現に、外などでジュニアに「ほら、にいちゃーんって追いかけなさい」と言えば、必ず「にいちゃーん」と言ってミニラの後を追います。

この2人の後ろ姿を見て「あー兄弟っていいわーとしみじみを思います。

しかーーし、そんな感慨ふける間もなく、どちらかがたいていよろしくないことや危ないことやらかしそうになるので、「こらー」と言って私も追いかけるはめになります・・・・


こちら「れんけつー」と言いながら、遊ぶジュニア。

ちなみちゃんと「400けいつばさ」「ゼロけい」と言います。

renketsu.jpg


JALの台所事情

2010-03-12-Fri-23:35
ジュニアと一緒に飛行機に乗ったのは初めてでした

何しろ、じっとしているのが嫌いなジュニア。

「シートベルト着用サイン」なんて点いたときは、私の膝の抱っこが嫌で暴れ回るのではとひやひやしました。

予想通り、行きは降下始めてから、飛行機を出るまでの15分「あるくあるく」とぎゃーぎゃー泣きっぱなしでした。

帰りはなんとか持ちこたえてくれて、一安心。1日で成長してくれたではないかい。

土日の鹿児島ー東京の往復だったからか、「忙しいビジネスマンです!機内の時間は仕事と睡眠に充てます」みたいな人が少なかったせいで、ジュニアが少々泣こうと、うろうろしようと、玩具を落とそうと他のお客さんも大目に見てくださったことに感謝感謝です。

福岡ー東京の便だとこうはいかないのよねー


行きも帰りもJAL利用でした。

今話題のJALなので、「さあ、会社更生法適用後だし、どう今までと変わってるかねー」とかなりの上から目線でチェックさせてもらいました。←あんたはどんだけエライんだ!

子連れだったからでしょうか、とても気持ちのいいサービスを受けることができました。

帰りの便で、CAさんがジュースのサービスをしてくれる際に、なんと!!ジュースコップの蓋にアンパンマンを描いてくれたのです。

ジュニア、これ見て「アンパンマンと大喜びです。最初にもらったJALの木の玩具より、アンパンマンの蓋で遊んでました。

これを持って帰って、写メするつもりがうっかり忘れたみたいで残念・・・・

このCAはとても素敵なサービスをする方で、私の後ろの席でPSTをしていた女の子にも、その話題で話しかけてました。

またCAの中のチーフみたいな方は、子連れのお客さんの席を回って話しかけてたりしました。



サービスってお金をかけずに取り組めることだから、まずはそこから頑張っているみたいです。


でもなぁ・・・・CAの方の雰囲気がみんな落ち着いていたんだよなぁ。はっきり言うと私よりかなりお歳が上なのでは?という方ばかり。

以前なら機内にひとりは「新人なんですという雰囲気のフレッシュなメンツがいたはずなのに、そういう方がいなかったです。

若い人を採用できない会社の厳しい事情も伝わってきました。


写真は2009年4月撮影です。

JAL.jpg

同期会でした

2010-03-09-Tue-00:37
週末は同期会のために久しぶりに東京に行ってきました。

ジュニアを連れて行き、ミニラは夫とお留守番です。


うちの同期は我ながらかなり自慢なのですが、みんな優秀で個性派な粒揃いで、これだけの人材を選び抜いた当時の採用担当の社員に頭が下がるほどです。

こんなとこに私が混じってるのがおこがましいほどで、私の立場は「おもしろい博多弁を話すやる気ない省エネ女として定着していました。

42人いた同期ですが、今もその会社に残ってるのは6~7人っていったとこでしょうか。

あーこれだけの人材をよそに逃がすなんてもったいない・・・・


ジュニアを義妹に預けての参加だったので、1次会の2時間半という与えられた時間でとにかく色んな人と話さなきゃいけない。

でも子どもなしで食事なんて半年振り。どっちも頑張りました。

参加者は男女半々っていったとこでしたが、男性陣、女性陣の会話の内容が30代ともなると少し変わってきています。

女性陣は「あのときあーだったよねー」という思い出話が主ですが、男性陣は今の自分の仕事に少しでもプラスになることはないかという視点で会話を繰り広げています。

やっぱり男というのは昔の仲間の集まりでも仕事からは完全に抜けられないのですな。これが男と女では仕事の差として出るのかと思うか、男ってカワイソウと思うか、どっちかなぁ。

もうひとつびっくりしたのは、当時人事で私たちの教育係をされていた女性社員の方が、当時は今の私たちの年齢とほぼ同じだったということ。

当時その社員の方は厳しくかっこよく大人の女の見本という感じだったけど、多分すごーく頑張って毅然とした態度で振る舞ったり、叱ったりしていたんだなと気付き、もっと身近な存在になり嬉しくなってきました。

独身女性の流行を外してない品のいいファッションと化粧に刺激されたり、当時の部長にこれからの田舎でのビジネスのヒントをいただいたり、2時間半で頑張って色々なものを得てきました


最後に次の同期会幹事に任命された話し上手なAさんが締めの挨拶でとってもいいことを言ってくれました。

「30代の私たち、色々転職をすると一生に一度しか出会えないこの同期という仲間の大切さを改めて実感します。」

じーーんときたところ、

「今日は恵比寿中のお酒を飲み明かしましょう

即席でこの言葉が言える機転の利き、このテンションも素敵素敵。できればずっと一緒に飲み明かしたかったかったわ。



1次会で帰らなくてはいけなかったのは1歳前後の子どもを持つ女3人

私以外の2人はバリバリのキャリアウーマン派なんだけど、乳幼児がいるっていうことはそれを関係なく夜の集まりから遠ざけていってしまうことに一抹の寂しさを感じつつ、山の手に揺られてましたとさ。

将来の夢は何でした?

2010-03-02-Tue-16:19
最近はまってる音楽がミュージカル「CATS」です

私が初めて「CATS」を観たのがロンドンで、ユーモラスで優雅な猫たちの動きとメイク、また力強い流れるような英語の歌とセリフに、まさに「ビビビッとくるぐらい感動しました。

もちろん今聴いてるのは音楽だけで映像はありません。私の英語の偏差値は50前後なので、当然ほとんど聴き取れてないのですが、英語がいいんです。

洋楽もそういうものですよね


私と「CATS」の出会いは思いのほか古く、確か私が6年生のときに劇団四季の「CATS」の福岡公演がありました。

私は行けなかったのですが、仲のいい友達2人が観に行ってとても感動したらしく、教室でオルガンを弾きながらいつも「スキンブルシャンクス鉄道猫」の曲を歌ってました。

あまりにも彼女らが毎日歌ってるものだから、舞台を見に行ってない私まで覚えてしまって。

「スキンブルーシャークスはてつどーねこー 夜行列車のアーイドール♪」

彼女らの歌を毎日聴きながら、「いつかCATSを観に行ってやる」と長いこと熱望してて、6年後ロンドンで行けたというわけです。(そうじゃないと言葉の通じない異国でわざわざミュージカルを見ようとは思わないでしょ)




この鉄道猫の歌を毎日歌っていた友達は卒業文集の作文で2人とも「将来は劇団四季の俳優になりたい」と書いてました。

他にも「プロ野球選手」「パティシエ」「科学者」など、当時はみんな色々な夢がありました。私の記憶によると、ふつうに「会社員、公務員になりたい」と書いていた人はいなかったと思います。

なんか6年生らしくてキラキラしてるでしょ

今や30歳過ぎのヨゴレの私から見れば、眩しすぎます・・・・・

風の噂で有名になっているという人を聞いたことないので、みんな会社員、公務員、自営業者、主婦などになっているのでしょう。


私はと申しますと、当時は「小説家になりたい」なんぞたわけた夢を書いていました

確かに今も文章を書くのは好きですが、1度仕事として「こういう内容の原稿を何日までに書いてください」と依頼されたときは、頭がはげるほど悩み、「絶対仕事としてはできないーー」と痛感しました。

まあ、今みたいに好きなときに好きなことだけ書いて、それを自分の友達や知り合いという読者に読んでもらっているというのは、ある意味当時の夢を叶えられてていいのかな。


みなさんの将来の夢は何でしたか?


写真は関係ありませんが、近くの梅の花です。

ume3.jpg


撮影は木曜日で、昨日ミニラ&ジュニア&梅で撮ろうと行ったら・・・・雨で全部散ってました。





HOME
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。