島美人のちょっとした幸せ

自称島美人である私の子育て生活と日々のちょっとした幸せを綴っています。

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ガンバレ!と言われてみるのもいいかも

2014-07-11-Fri-02:18
1年以上ほったらかしのブログ。

自分の備忘録で書いておきます。

先日、営業先の20代前半の男性と仕事上やり取りしていたメールに「聴いてみてください」とUVERworldのYou Tubeが貼り付けてありました。

久しぶりに新しいアーティストを聴くことになったのですが、このUVERworldって歌詞にボーカルがかなり強い想いを乗せているので、じっくり聴いてみたのです。

しかーーし、聴くにつれて30代の私には「夢は叶う」「強くなれる」「頑張ろう」というメッセージが少々重いなぁと感じたのでした。

だってねー30代半ばとなれば、夢なんて叶わないことのほうが多いんだって気付くし、頑張ってもダメなことがあることも分かるんだよね。

でもそれでもなんとなく日常生きていくなかで、ふとしたことに幸せを感じることができれば、それでいいんじゃない?というのが私の信条なのです。これ以前のブログでもふれてますが。

だから私はミスチルの桜井さんや斉藤和義が「頑張ってもだめなときもあるよ」「のんびりいこうよ」と言ってくれるメッセージが好きなのです。

そう思っていたのですが、そういえば我が家には今から夢をいっぱい膨らませてる男の子2人がいますねーー

今は甘ったれで、いつも母ちゃんに怒られてばかりいますが、後10年もなれば、男になるのです!

戦わなくてはいけないことだって、いっぱいあるのです。夢がないと何の原動力も生まれないのです。

そんな男の子たちに私が最初から「がんばらなくてもいいよ」というスタンスだったら、それって子どもは敏感に感じ取ってしまうよな・・・・

彼らが頑張ってだめなときは「そんなときもあるよ」と声をかけてあげればいいんであって。

そう腑に落ちたときに、もう1回UVERworldの歌詞を聴けば、10代~20代のときはやっぱり「頑張れよ!」とストレートに声をかけてもらうことって必要だよなと思えてきました。

ごちゃごちゃ考えて重かった言葉がふと軽くなりました。

自分だって当時は、ミスチルの「雨のち晴れ」や「I'll be」を聴いてたんだし。



勧められたのは別の曲だけど、私はたまたまこれがストンと落ちました。7年前、大好きだった働きマンの主題歌だったこともあるし。
あ、でもカメラ目線で歌うイケメンは苦手なので、PVよりも音楽だけ聴いてます。

浮世CROSSING

昔からだけど、どっぷりと音楽にはまると元気もらえる性格です。火曜日からガツンと落ちていたのがようやく台風でヘビロテできたので立ち直れました。

落ちてるときもストレートなメッセージは心地いいです。




ここから追伸ですが、柴門ふみの同窓生を見ていた横で、次男が斉藤和義の「ずっと好きだった」を歌い始めました。

「ずっと好きだった」は同窓会で昔の好きだった人に再会するという歌。

どれだけタイミング良すぎるんだ!!次男、スバラシイ!!


この子たち、将来どんな音楽を選んで聴くようになるんだろう??

楽しみだよなー


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私とミスチルの歴史

2012-05-24-Thu-01:17
夫が中学時代の友達のカラオケに行って、みんながミスチルばかりを歌ったみたいで、その良さに今ごろ気付き、ミスチルにはまっております

高校時代からファンの私からすれば「今ごろ?」なのですが、夫が言うには年齢を重ねた今、良さが分かってきたとのことです。


さて、高校時代からファンをしていれば、そのときそのときに響く歌詞が変わってくるのが自分で振り返っても興味深いものです。

受験生時代にはまっていたのは「雨のち晴れ」

もうちょっと もうちょっと 頑張ってみるから
ねぇもっと ねぇもっと いいことがあるから
イメージはいつでも 雨のち晴れ


大学受験の勉強で疲れてて、これ聴いて「いいことがあるからもうちょっと頑張ろう」と自分を励ましていました。


大学時代にはまっていたのは「I'll be」

生きてる証を 時代に打ちつけろ 貧弱な魂で悪あがきしながら
何度へましたっていいさ 起死回生で毎日がレボリューション


なんだかなー自分で何かを成し得たいと思っていたんだろうなぁ。
若いよなぁ。


社会人2年目にはまっていたのは「蘇生」

でも何度でも何度でも僕は生まれ変わって行ける
そしていつか君と見た夢の続きを
暗闇から僕を呼ぶ 明日の声に耳を澄ませる
そうだ心にかけた虹がある


これ聴いてたら仕事で失敗してもまた頑張れる気になってました。


30代になってはまったのは「東京」

描いた夢
それを追い続けたって所詮たどり着けるのはひとにぎりの人だけだと知ってる
「それならば何のために頑張っている?」
と言いながら分かっている
この街に大切な人がいる


20代後半より夢を追い続けても叶わないことがあることが薄々気づき始めます。
そして世の中って自分ではどうしようもできないことだらけで、頑張ってもダメなもんはダメなときはあるんだよなぁと気付くのです。
でもその現状を受け入れつつも大切な人がいるから少しでも頑張ろうかなと思える、心に染みる歌詞です。


最近はまっているのは「HOWL」

[OH FREEDOM]
そんな響きが似合うNEW LIFEが欲しいと願い
今日も憂うマイウェイ 燦燦と陽が差すわけじゃない
振り出しにいつ引き返してもイイやって覚悟でいたい
夢がなくちゃつまんねぇ 悶々と今日を燻ってたい


はい・・・・なんとなく気持ちが落ちてますね。
燦燦(さんさん)と陽が差す日ばかりではない!
ここ最近悶々と燻ってるから、これ聴いて元気になってます。


ミスチルもデビュー20周年
お時間のあるかたは歌詞もよく聴いてみたら、はっとさせられることをいっぱい歌ってくれてます。

かれこれ桜井さんの歌詞に15~16年はお世話になってる私の戯言でした。






心と時間の余裕

2012-03-29-Thu-14:50
Facebookにこういう書き込みをしました。




夕食はお友達から昨日筍をいただいており、下処理してたので、筍​ごはんに決まり。

でも筍ごはんのおかずに昨日の残りのおかずと後一品何にするかで​散々困っていたので、しょうがなくお惣菜のコロッケを買った。(​炊き込みごはんのおかずって何にするかで困らない?)

結局、筍ごはん以外、夕食の準備をなーんにもしなくていい状態。

実は嫌なことが重なって昨日から凹んでた私。

夕方、子どもたちとのほほんと過ごしつつ、ちくちくメールの返信​とかしてたらなんだか元気になったじゃない!!

時間に追われ夕食準備していたら、きっと子どもたちに当たり散ら​して、また凹んでたはず。

専業主婦の手前、スーパーのお惣菜はなるべく避けていたけど、こ​ういういいこともあるのね。

コロッケ、バンザイ!!




するとすると、「心の余裕と時間が500円で買えるなら安い」「心の余裕と時間買いまくってるー」というコメントがワーママさんからちらほら寄せられました。

「働きながら、家事も手は抜いてません」という感じのお友達だったので、なーんだ、そうだよなと安心しました。

あるお友達なんて「手抜き」と言わず、「要領」と言うことに嬉しくなりました。


専業主婦って働いてはいないけど、やっぱり心と時間の余裕が欲しいときはお惣菜を利用してもいいんだよなとちょっと気持ちが楽になりました。

お惣菜と呼ばず「心と時間の余裕の品」と呼べばもっと買いやすくなるわ。


本文と関係ないけど、3月29日の桜です。

sakura31.jpg

弥五郎の里で5分咲きっていったとこでした。



昔の友達と先生

2012-02-04-Sat-01:26
時間がないのと、短いことはFacebookに書くようになってしまい、1ヶ月以上振りの更新となりました

でも文章を起承転結で組み立てて書くって大事だし、自分の中の備忘録として残しておかないと。


・・・・ということで1ヶ月前の同窓会についてです。


一応幹事だったので、集合時間の20分前に到着。

すると、仕事が微妙な時間に終わって早く来てしまったというYくんがいてびっくり。

目の前の33歳のYくんと私の記憶の中の小学生のYくんが重なるやら、重ならないやらで不思議な感覚で話をしました。

Yくんだけでなく、中学卒業時以来という友達がほとんどだったので、みんな33歳の姿なんだけど、心も見た目も小学生の友達と話してる、不思議な感覚を3時間味わうことになったのです。

今回男性陣が多かった出席者。33歳となるとみんなそれぞれ仕事で苦労をしてるせいか、仕事の苦労が顔ににじみ出てるなーというのが見た目の第一印象。

自分が20代のときに男性を見るときに思ってた「男は顔つきを見ろ」というのがもろ表れてるのです。

私が思うに女の人は仕事の苦労より、育児や家庭に苦労があるときに顔に出ていることが多いような気がしてます。

よって、彼らの目に私は「あ、こいつ子育てで苦労してるわー」というのが映ってたに違いない・・・


多分みんなどんな再会になるだろうと、多少緊張して来たはずなのですが、10分ぐらいで緊張もほぐれ昔話がはずみだしました。

何しろ20年前の小学生時代のこと。

みんな記憶が断片的なので、みんなで「あのときはあーだった」「こーだった」と記憶の断片を繋げて、ひとつの出来事が鮮明に思い出されていく様子がとっても面白かったりしました。

その覚えている断片断片でもみんなのなかでキラキラしたものなんだよな


小学校時代といえば、所属する友達グループによる優劣、学歴による優劣などが出来る前の友達なので、ざっくばらんに話せる関係が心地いいのです。

そして男性陣たちが、今の仕事に対する自慢や苦労話をしなかったのも、みんなが楽しい雰囲気で話せた要因でした。

あー昔の友達っていいなぁ


そして先生。最初はお酒も進んで縦板に水のごとく懐かしい話をしていたのですが、見事に酔い潰れました・・・・

先生の威厳ないやーーーん。

私たちの担任だった当時は確か37歳、38歳だった先生。

圧倒的な指導力と魅力でとっても大きく見えたのに、酔っ払って船を漕ぐ姿に「なんだか先生も小さくなったなぁ」と思えてしまいました

でもあのときの先生の歳まで私たちも後4~5年。

職業は違えどあのときの先生には自分は追いつくことはできないよなと、30代になってやっぱり先生ってすごかったなと思い知らされました。

稲刈りのシーズン

2011-10-16-Sun-22:35
10月初旬、幼稚園のママさんたちがこんな会話をしていました。

「そろそろ稲刈りだから、土日に予定入れられないんだよねー」

「うちもまだ。うちのじいちゃん突然『今日やる』って言うんだよなー」


そっかー。

野菜作ってて気付いたけど、農業って天候にすべて左右されるから、前から「○日に稲刈りしますー」とか決められないもんなんだよなー


私の住んでいる地域では、当たり前の行事(お仕事?)として、田植え、稲刈りの習慣があります。

自分たちの主食を得るのになんらか自分たちも関わるって、実はとても当たり前のことなんじゃないかなーと思いましたとさ。


inesunset.jpg



こちら画像の追加なり。


ine1.jpg



ine2.jpg



30代での再会

2011-10-08-Sat-02:24
小学校5,6年生の友達が出てくる夢を見ました

それもかなりリアルに・・・・・

そういえば「同窓会したいなー」と思いつつ、もう何年経つでしょうか。

高校卒業時に集まった後は集まったことない、うちのクラスメイトたち。

私の勝手な夢により、先生囲んで本当に久しぶりに集まってみようかと思いついてしまいました。

手始めに東京在住の友達に「年末年始は帰省の予定ある?あるなら連絡取れる何人かと先生で集まらない?」とメールしたとこ、かなりノリノリのご様子。

とりあえず、私が今連絡がつく3人にメールしたとこです。


確か高校の時に集まったときに手書きだったけど、名簿作ったよなぁと探したら発見!!

でも・・・・これ連絡先が当時の実家だし、携帯電話も普及しておらず、持ってる人もPHSという時代・・・・

うちの母の話だと実家自体が変わったという友達もけっこういるみたいです。

この名簿から連絡取れる友達は1,2人ぐらいじゃないかというのが悲しいかな正直な予測です。

実はmixiなどから連絡が取れた2人とコンタクト取ったら、そっけない扱いを受けたこともあるから、連絡くれない人のほうが大半だと思ってたほうがいいのです。

そもそも名簿をぼんやりと眺めていたら、こんなことすら思ってしまいました。

同窓会ってみんなしたいものなのかなーーー

11~12歳と多感な時期を一緒に過ごしてきた友達。

小学6年生といえば、中学の厳しい締め付けも、勉強もほどほどでいっぱい遊んで伸び伸びと過ごせてました。

「将来の夢」も果てしなく描けたそんなお年頃です


そんな私たちも33歳。

高校受験を経験し、何人かは大学受験を経験し、就職活動もしました。

仕事をしてる人が大半でしょう。そしてその職場の自分の立ち位置、将来的な展望がなんとなく見えてくる年齢でもあります。逆に自分に合う仕事がなかなか見つからない人もいるかもしれないし。

結婚している人も多いでしょう。でもみんな幸せな結婚生活を送っているかといえばそうじゃないかもしれないし、離婚している人もいるかもしれないし。結婚したくても縁がない人がいるかもしれないし。

人生ってなかなかうまくいかないもんだよなーと気付くのが30代だと思うのです


当たり前ですが、過去を一緒に過ごした友達というのは、成長して自分たちがおじさんおばさんになってても、記憶の中では当時のまま残っているものです。

記憶の中では
とても輝いていた時代を一緒に過ごした友達

そんな友達と33歳というちょっと斜めに現実を見るようになって、もしかしたら外見も10年前より少し自信が持てなくなっているかもしれない自分たちが再会することをためらわずにできるかどうか。

人それぞれだろうなぁ。また男と女でも違うだろし。


でも、昔の友達とのすごく久しぶりの再会って会うまでが見栄と葛藤が入り混じり、ドキドキするものなのです。

それで実際会ってみると、時間が戻り楽しい時間を過ごせるものだというのはわかっています。

こんな楽しい時代もあったよなー、また頑張ってみるかと思ってもらうことが1番の願いです

これから連絡取れる友達が、どうかそう思って集まってくれますように。







ドラえもんについて語ります

2011-09-07-Wed-10:58
今回、ひじょーにドラえもんオタク度高しなので、興味ないかたはスルーして下さい


この前帰省したときに「新のび太の鉄人兵団」のDVDを借りてきて、子どもたちと5回ぐらい観ました。

観たことある人ならわかると思いますが、リルルが葛藤の末、自分を犠牲にして地球を救い、光り輝くリルルとしずかちゃんお別れのシーンなんか、もうもう涙なしには観られません


しかーし、そのシーンの感動をミニラに何度力説しても、5歳の男児には理解できないもよう……

ちっ


その代わり2人のツボだったシーンは、最初にドラえもんとのび太がロボットを組み立てて、サイコントローラで好きに動かすシーン、ジャイアンの歌のシーン、鏡の中のスーパーで好きにお買い物をするシーン。

ジュニアに至っては買物のシーンの台詞まで暗唱するぐらいです。


あぁ、子どもたちはストーリーとかよりこういうことに憧れるんだと実感したのです。


更に、ミニラは恐竜も好きなので、次は「のび太の恐竜」を観せてみたのです。

この中で2人のお気に入りのシーンは、桃太郎印のきびだんごを食べさせたティラノサウルスと遊ぶシーンや、恐竜に乗って走るシーン。

これもまた子どもが「恐竜とこういうことをしてみたい!」という憧れを見事にのび太たちを通じて描いています。


5歳と3歳の男児が観て楽しむドラえもんとはこんな感じでした。


でも子どもたちが小学校低学年になると仲間と協力したり思いやることを分かるようになるんだよね。

そして高学年になると他の世界や他の生物などとの共存、平和や環境問題などを考えることができるようになるんだよな。

ドラえもんの映画には様々なテーマやメッセージや夢が織りこまれていますが、子どもの見る歳によってそれらの得るものが変わってきます。

これがドラえもんの映画のいいとこなんです!!←力説



それにしても、1970~1980年代に生まれた世代というのは、面白いアニメ、漫画にいっぱいふれている世代だと思います。

ドラゴンボール、ガンダム、スラムダンク、キャプテン翼、こち亀、タッチ、ちびまるこちゃん、トトロなどなど。

これらのアニメや漫画って多分今見たり、読んだりしても時代の流れはしょうがないとしても、ストーリーは全然色あせることないと思います。

これらを今からは子どもと一緒に楽しめるようになるって、とっても幸せなことなんだなーとしみじみと実感。
(そもそも大人がアニメや漫画に夢中になること自体が精神年齢が低いとみられてもしょうがないことは重々承知してます)

後、2~3年後に漫画1巻しか読んだことない「ワンピース」を子どもたちと楽しもうかというのが、母のささやかなもくろみなり


doradora.jpg





追記です。

mixiでもつぶやいてましたが、ミニラのお友達が「これ貸してあげる」と言って「のび太の恐竜2006」のDVDを貸してくれました。

2006年にDVDがレンタルされたときに見て以来。そして、ついその日の朝まで「のび太の恐竜」を見ていたので、どこがどうリメイクされているというのが明確に分かる!!

それにしてもこのリメイク版は、本当にドラえもんを愛してやまないスタッフが作り上げたものなんだなぁというのが細かい描写のひとつひとつ、またラストのストーリーの変更などからうかがうことができました。






おすそわけ~

2011-08-13-Sat-11:47
7月は幼稚園のお友達ママさんから「卵いる?」「ゴーヤいる?」「カブトムシいる?」などのおすそわけ満載でした

こちらのおすそわけというのはどーーーんと大盤振る舞いなのです。

卵40個、ゴーヤ20本ちかくとなれば、もちろんうちだけで消費しきれないので、会う用事がある人にはメールで「卵とゴーヤのおすそわけはいかがですか?」と聞いて、またおすそわけしておりました。


自分で野菜を作っていると気付くのですが、農作物の収穫というのは収穫時期になると一気に取れるものなのです。

私も今年はじゃがいもとトマトをおすそわけしてました


農家だと家庭菜園よりさらに大量の収穫があるわけで、市場や産直に出荷しても、自分たちや親戚や友達への取り分はいっぱいあるので、やっぱりおすそわけになるわけです。

おそらくこの地域の食糧事情?は収穫時期は仲間同士のおすそわけによって成り立っているにちがいないと思っております。


大量の野菜類を「ありがとうございます」と言っていただき、自分のとこの取り分を取った後はまた別の人におすそわけして「ありがとうございます」と言ってもらえる。

核家族、郊外の公団で育った私にとってこれはとても新鮮でわくわくするやりとりなのです。


tomatonasu.jpg


これはおすそわけにいかず、トマトと茄子のチキン煮込みになったお野菜たち。



がんばれるわけないやん

2011-04-07-Thu-23:35
今回、毒吐きますのでご了承ください。個人的な意見です。

SMAPファン、サッカー日本代表の選手をひいきしているかたが読んだら気を悪くするかもしれないのであしからず。



3月11日の東北沖太平洋地震からもうすぐ1ヶ月。

テレビ番組やCMも「がんばろう日本」というような主旨の番組やCMをじゃんじゃん流しまくっていることに、正直嫌気がさしております。

「がんばろう」っていってもねーまだ1ヶ月も経ってないのです。

家族、家、仕事、すべて失った人もいるのに、今輝いている人たちからテレビで「がんばろう」と言われても、逆に自分の暗い現実に絶望してしまうだけじゃないかと思うのです。


生き残ったのはいいが、これからどうしようと未だに途方に暮れてるのが被災地の現実じゃないかと思います。

そんながんばれるわけないやん。



じゃあ運よく被災しなかった私たちはどうすればいいかって??

多分、自分にできる範囲での義援金を出すぐらいしかできないとと思います。

後は普通に生活することでしょうか。

自分は普通に生活できているが、東北地方はそんな生活ができないということを忘れないことでしょうか。






真っ暗こわい

2011-03-21-Mon-03:06
1ヶ月ぐらい前のことになりますが、夫に子どもたち2人をお風呂に入れてもらっている間に家事をしてたら、あれこれ家電を使いすぎたせいか、ブレーカーが上がってしまいました。

もちろん真っ暗。

すぐに2人が

「おかあさん、おかあさーーん

と泣き叫ぶ声がしました。

すぐにブレーカーを上げ、お風呂場に行くと、泣き顔の2人。もう子どもたちはお風呂終了となりました。

夫は

「オレと風呂に入っとうのに、2人とも同時に『お母さん』って呼ぶけんね」

と大笑い。


それから3日後、突然電気が消えることが怖かったながらも、いたずら気が起きたミニラが、ジュニアが1人でトイレにいる間に、トイレの電気をわざと消しました。(ジュニア、トイレまでは私と一緒だが、入ったら「お母さんあっちに行って」と私を追い出していたのです)


ジュニア、鬼気迫るようなぎゃん泣きでまたもや


「おかあさーーーん


と呼びます。

以来、ジュニアは1人でトイレに行けなくなり、トイレに入るといつも「お兄ちゃんが電気消すからここにいてね」と言うようになりました。


さて、前置きが長くなりましたが、子どもにとって夜に灯りがなくて、真っ暗というのはこれだけ怖いものなのです。

うちの子たちは寝るときもやはり「真っ暗こわい」と言うので、豆電球で寝てます


おとといの18時ごろ埼玉県在住の友達がmixi上で「停電中だからお弁当食べてても真っ暗で何食べてるかわからん」とつぶやいてました。

それに対し「この時間からの停電が1番大変だよね。がんばって」といった内容のレスを返したのですが、夕食を作りながら、ふと前に書いた我が家の事件のことを思い出しました。

この友達はジュニアと同じぐらいの女の子がいる。

その子が暗いのが怖いって泣いてないだろうか、と心配になり、さっきの私のレスはあまりにも何不自由ない所からの軽々しい発言だったよなと反省して、またレスを書き足したのでした


東北地方、避難所によっても違うのかもしれませんが、おそらく夜は真っ暗なところがほとんどなのでしょう。

また計画停電の関東地方も、夜の時間帯に停電になるグループが存在します。

真っ暗な中で過ごす子どもたちが東日本にはいっぱいいるのです。

そんな子どもたちがうちの2人ように泣いてないかが急に心配になってきました。



私は大切な人も元気で、飢えたことなどなく、寒さのために病気になったことなく、お金さえあれば物を買うことができます。

こんな私は幸福すぎて、被災地の人々がどんな哀しさ苦しさであるかが正直想像がつかない部分もあります。


でも、真っ暗を怖がる子どもたちとその親のように、子どもを介してだと想像がつくのです。

もし、この子たちが「お腹空いた」と泣き、ぐったりしてしまったらどうだろう?

「寒い寒い」と言ってぶるぶる震え、顔面蒼白になったらどうだろう?

オムツも着替えもないのに、トイレでそそうをしてしまい、その服を着せ続けなきゃいけないとどうだろう?


こんな親子が被災地ではいっぱいいるんだということを忘れないようにしないとな。



早く日本中に灯りがともり、子どもたちの真っ暗な不安が少しでも和らぎますように。



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