島美人のちょっとした幸せ

自称島美人である私の子育て生活と日々のちょっとした幸せを綴っています。

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居心地がいい空気

2015-01-25-Sun-03:26
なんだかなぁ。

書きたいなー書きたいなーと思うことがありつつ、えっと3ヶ月経ってしまいました。

3ヶ月って一体・・・・・


えーーー、10月の話です。

夫の職場の用事があり、1泊だけ福岡に帰省する機会があったのです。

しかも、それが日本シリーズの第1戦目と重なったこともあり、以前からよく登場していた美女仲間Aさん宅で野球観戦をすることになりました。

Aさん宅のすぐ近くに、これまたゼミが一緒だったNくんも住んでるということで、お呼び出し。

まあ、大学時代からよくつるんでいた4人が集まったというわけです。

あーー大学時代はこのメンバープラス何人かとかで、Nくん宅で桃鉄とかしてたなー。
ボーリングとか行ってたなぁ。カラオケも行ったよなぁ。Mくん調達のハイエースでよく遠出ドライブもしてたなぁと。


それから、14~15年、今や悪くいえばただの36歳、37歳のおっさん、おばさんの集まりです。
プラスAちゃん夫婦の子どもが2人いて。

でもねー話すことや、みんなの立ち位置もあの頃と全然変わってないわけなのです。

私がテレビ見ながら選手に対してぎゃんぎゃん文句言うのに対して、Nくんが「みずちは昔と全然言うこと変わってない」と取り留めもない突っ込みを入れてくるとことか。

最近はめっきり「私はかわいい」が減ったAさんがやっぱり言いたい放題言ってるとことか。

物持ちがいいBくんが20年分の年賀状をところどころ取ってて、昔の私が送った年賀状がまあまあ出てくる出てくる。あーーあの頃から私どれだけ自分好きなんだ!ともろ突っ込みたくなるような。

挙句のはてには、BくんNくんの高校の卒業アルバムを引っ張り出し、個人写真に大笑いし、それこそ14~15年前もやったようなNくんの高校時代の彼女探しをしてみたりか。


そんなこんなで、いただいた氷結飲んで、ふと気分良くなったからかなぁ。

この空間ってすごく居心地いいよなぁと、今さらながら思ったんです。
この変わってない空気がすごく居心地よくて。

多分10年後、子どもたちも成長して、見た目がもっと老けてしまっても、やっぱり同じような空気で同じような会話を続けるんだろうなぁ。

昔からの友達ってとってもいいものです。
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本物を見せる!ということ

2013-02-27-Wed-11:31
忙しさにかまけてて、ちょっと今週はほっとできる今日この頃。

やっと書きたい気持ちとネタがふつふつと沸いてまいりました。


今年に入ってパタリと仮面ライダーと言わなくなったうちのミニラ。

おそらく年末年始のこれが原因だと思われます。

tetsudoten.jpg

著像権上アップできませんが、JR九州のデザイナー水戸岡鋭治さんとも写真撮ってきました。



yellow1.jpg

こちらドクターイエロー。朝から子どもたちを叩き起こして、見にいってきました。


なんだかんだで博多駅に3回通い、お友達家族と門司の鉄道記念館も行ってきました。



ミニラの幼稚園は、年長組の子どもたちは自分たちが好きなものを3週間ぐらいかけて作る卒園制作があるのですが、それで制作したのはこちら。

IMG_2856.jpg


東京駅のホームらしいです。サイズおよそ1畳!!持って帰った今としては、置き場に困っております・・・・



去年、帰省するまでは鉄道と仮面ライダーの割合が3:7ぐらいだったミニラとジュニア。

今となっては、その比率が9:1ぐらいに逆転しました。

子どもに本物を見せるというのは、本当に顕著に影響が出ることを身を持って実感。


そして、年末にデザイナーの水戸岡鋭治さんに会い写真撮ってもらい、サインをいただいているので、子どもたちが尊敬する人は水戸岡さん。

夜、寝る前のお供はこれなのです。小学校高学年ぐらい向けの本だから、噛み砕いて説明するのが意外と難しかったり。

でも大人が読んでも面白いです。どうして新幹線のつばめがこんな顔になったか、イメージカラ―は赤、黒、白の3色になったか、車内のデザインのこだわりについても納得できる1冊です。

ぼくは「つばめ」のデザイナー―九州新幹線800系誕生物語ぼくは「つばめ」のデザイナー―九州新幹線800系誕生物語
(2004/12/21)
水戸岡 鋭治

商品詳細を見る



私の親ばかな夢としてはミニラが鉄道車両製造メーカーなどに入り、ミニラが製造した鉄道に乗ることだったり。

また、いつ方向転換するかわかんないけどねーー

語学って

2012-04-14-Sat-23:30
夜のお供に「はらぺこあおむし」を読んであげてて気付いたことです。

「もうあおむしは、はらぺこじゃなくなりました」のくだりをミニラに読ませてみたら、「あおむしは、」と「はらぺこ」の「は」の言いわけが教えなくてもできているのです。

いつ覚えたんだろう??

更に、ジュニアも文字を見て濁点の読み分けができていることに気付きました。

あれ、いつの間に??


日本語のシャワーの中で気が付けば少しずつ正しい日本語が身に付いていく。語学ってこういうものなんだよなぁ。

教材で覚えようと頑張って勉強するのも悪くないけど、こうやって身に付くのが自然なんだよなと思いましたとさ。

harapekoaomushi.jpg




今度上京する友達へ

2011-02-25-Fri-01:53
重松清さんの小説が大好きです。

重松さんの小説は登場人物が故郷を出て、東京に出ていくくだりが多く登場します。(それは重松さんの出身である山口や岡山が舞台であることが多く、更にその進学先は早稲田である)

同じく、地方出身者で就職で東京に出た私としては、このくだりにいつも泣かされるのです。

うちの父と母は「寂しいから見送れない」ということで、ひとりで福岡空港から飛行機に乗った日のことを鮮明に思い出します。

そして品川駅で乗り換えのホームを探すのに苦労したことを思い出します。

そしてそして、渋谷からの満員電車に恐怖を感じて「この町で本当に暮らしていけるんだろうか」と心配になりましたが、1~2ヶ月すると満員電車も当たり前に乗れちゃう自分になっていました。


多分この経験は私だけでなく、地方から東京に出てきた人はみんなだと思います。



作家にしても、ミュージシャンにしてもこの経験をしている人とそうでない人(東京生まれの東京育ちの人)というのは、表現しているものに違いがあるのです。

彼らは自分の内面を文章や歌に乗せて表現するプロなので、当たり前っちゃあ当たり前ですが。


地方出身者はたいてい何らかの夢を持って東京に出てきます。

そして、東京の色々なことにカルチャーショックを受けます。

そしてそして、慣れてくると東京から遠い自分の故郷を偲びます。

地方出身者の小説や歌には必ずといっていいほどこれらのことが表現されています。

この故郷への愛のある表現に泣かされちゃうんだよなぁ。


余談ですが、mixiでミスチルの歴代のアルバムを聴いているとつぶやいてましたが、「東京」という曲を聴いていて「桜井さんは東京生まれの東京育ちだよな」と感じました。

また、桜井さんの詞には上記のような遠い故郷を表現したものもないのでは?と私は思っていますし。(海外から日本を想う歌はありますが)



私の息子たちは鹿児島という九州の最南端の独特の文化をもつ地で育ちます。

進学か就職などで、まずは1度は夢を持ってこの地を出て、遠い地で自分たちが18年近く培ってきた経験を覆すようなカルチャーショックを味わってもらわないといけません。

遠い地で揉まれて慣れてきたころ、自分の故郷を偲んでくれたらいいなぁというのが母ちゃんのささやかな願いです。



今日のこの文章を32年間福岡に住んでて、今度結婚のために初めて上京する友達に贈ります。(とはいっても彼女はネットしないんだよなぁ)


rainbow.jpg

Somewhere over the rainbow, skies are blue
And the dreams that you dare to dream really do come true

子どもは天才

2010-09-29-Wed-16:02
うちのワルソウジュニア、人が言ったことを真似て言うのが大好きなので、男の子なのに言葉がとても早い子でした。

誕生日の日の記事にも書きましたが、初めて言葉を発して1年3ヶ月後の今は、絵本やDVDなどをよく暗唱しているし、歌もよく歌います。

「これはジュニアは話すということに関しては天才かも

と親ばかながら、にほんごであそぼの曲を歌ったり、百人一首を詠んだりしてみるものの、それは真似しようともせず。

子どもの興味ある絵や動画と組み合わさって初めて、頭の中に入っていってるようです。


先週、少し実家に帰ったのですが、やっぱりえらそうに絵本の暗唱を披露したり、「翼をください」「もりのくまさん」の歌を踊りながら披露しておりました。

私としては「どーだ、孫はかわいいだろう」と鼻高々ですし、うちの母はげらげら笑っています。

私がうっかり親ばかながら、「おかしいやろーこれは天才かもしれん」と言ってしまうと、母が間髪いれずに言いました。

「あんただって、小さいときは面白い角度からで象の絵を描いたり、人が言わんことを国語で発表したりするのを見て、『これは天才かもしれん』と思ったけど、今は平平凡凡の主婦しよろーが」

ごもっともです・・・・・


親にしてみれば、自分の子はみんな天才に見えるみたいです。



天才、ポテトチップに食らいつく。

potechi.jpg

でも天才は「ポテトチップ」と言わず、「ぽてちーと」と言う。このあたりが子どもらしくてかわいいじゃない。




これを書いた日の夜、母から電話があり、

「ちょっと、あなたのブログはどうやったら見ることができるとね?」

とのこと。

ちょうど弟がPCを持って帰省していたので、ちょいと見てみようかなということになったみたいです。

テレパシーだわ・・・・

まあ、嘘は書いてないぞ。でも母の悪口?を書いてなかったかチェック中。



ただいま

2010-04-10-Sat-00:36
言葉が達者なジュニア、気がつくと色んな言葉を習得しています。

帰宅すると必ず「ただいまー」と言います。そして、靴を脱ぐと手を洗うため洗面台に手を出します。

多分、夫が帰宅するときに「ただいま」と言うのをしっかり聞いているのですな

更にジュニアは何かしてもらったとき、おやつや飲み物をもらったときも必ず「ありがと」と言ってぺこっと頭を下げます。

でも目の前に食事があるとなかなか「いただきます」は言えず、もう手づかみで食べてます(笑)


私が待っている人がいない家に帰宅するようになって10年ぐらい経ちます。

だから、仮に夫が留守番しているときに帰るときでもちゃんと「ただいま」と言っているかが自信がありません。

同じ理由でひとりで食事だと「いただきます」も言わなかったことが多かったので、うっかり子どもたちと食事のときも忘れたりしないように、これは意識的に言うようにしています。

「ただいま」「いただきます」「ごちそうさま」「ありがとう」「おはよう」「おやすみなさい」


何気ない言葉を子どもがちゃんと言ってるのを見ると、自分の言動を反省させられます


enogu.jpg

ジュニアも絵具デビュー。

テーブルを散々汚し回ってくれましたわ。





同期会でした

2010-03-09-Tue-00:37
週末は同期会のために久しぶりに東京に行ってきました。

ジュニアを連れて行き、ミニラは夫とお留守番です。


うちの同期は我ながらかなり自慢なのですが、みんな優秀で個性派な粒揃いで、これだけの人材を選び抜いた当時の採用担当の社員に頭が下がるほどです。

こんなとこに私が混じってるのがおこがましいほどで、私の立場は「おもしろい博多弁を話すやる気ない省エネ女として定着していました。

42人いた同期ですが、今もその会社に残ってるのは6~7人っていったとこでしょうか。

あーこれだけの人材をよそに逃がすなんてもったいない・・・・


ジュニアを義妹に預けての参加だったので、1次会の2時間半という与えられた時間でとにかく色んな人と話さなきゃいけない。

でも子どもなしで食事なんて半年振り。どっちも頑張りました。

参加者は男女半々っていったとこでしたが、男性陣、女性陣の会話の内容が30代ともなると少し変わってきています。

女性陣は「あのときあーだったよねー」という思い出話が主ですが、男性陣は今の自分の仕事に少しでもプラスになることはないかという視点で会話を繰り広げています。

やっぱり男というのは昔の仲間の集まりでも仕事からは完全に抜けられないのですな。これが男と女では仕事の差として出るのかと思うか、男ってカワイソウと思うか、どっちかなぁ。

もうひとつびっくりしたのは、当時人事で私たちの教育係をされていた女性社員の方が、当時は今の私たちの年齢とほぼ同じだったということ。

当時その社員の方は厳しくかっこよく大人の女の見本という感じだったけど、多分すごーく頑張って毅然とした態度で振る舞ったり、叱ったりしていたんだなと気付き、もっと身近な存在になり嬉しくなってきました。

独身女性の流行を外してない品のいいファッションと化粧に刺激されたり、当時の部長にこれからの田舎でのビジネスのヒントをいただいたり、2時間半で頑張って色々なものを得てきました


最後に次の同期会幹事に任命された話し上手なAさんが締めの挨拶でとってもいいことを言ってくれました。

「30代の私たち、色々転職をすると一生に一度しか出会えないこの同期という仲間の大切さを改めて実感します。」

じーーんときたところ、

「今日は恵比寿中のお酒を飲み明かしましょう

即席でこの言葉が言える機転の利き、このテンションも素敵素敵。できればずっと一緒に飲み明かしたかったかったわ。



1次会で帰らなくてはいけなかったのは1歳前後の子どもを持つ女3人

私以外の2人はバリバリのキャリアウーマン派なんだけど、乳幼児がいるっていうことはそれを関係なく夜の集まりから遠ざけていってしまうことに一抹の寂しさを感じつつ、山の手に揺られてましたとさ。

前言を撤回します・・・・

2010-01-04-Mon-10:56
あけまして おめでとう ございます

みなさんはどんな年末年始をお過ごしでしたか?

私たちは福岡に帰省していました。

30日まで仕事の夫を置いて、私と子どもたちだけ一足先にリレーつばめで帰りました。

そして、この写真の家族のように、博多駅で母と弟に温かく迎えてもらいました。

Image321.jpg

―12/30 朝日新聞1面掲載写真より―


しかし1時間後……

実家に着くなり、ミニラとジュニアがフルパワーで暴れ始めした

最初は久しぶりの孫に会えたことで緩んでいた母の顔も、段々険しくなっていきます。

ミニラが騒いで走りまわれば、それにつられてジュニアも足をダンダンいわせて歩き回る、そして更にミニラも調子に乗って走り回る・・・・・・

お互い1人ずつなら割と大人しくしているのに、2人揃えば声あげて歩くだけでも楽しいのでしょう。

更に実家は自宅と違ってそれを見てくれるじい、ばあ、にいちゃん(うちの弟)がいますし。

こんな状態なので、子ども2人なのに、大人が3,4人でかかっても手に負えないぐらいです。


今回は上げ膳据え膳だった実家のはずなのに、子ども2人の相手にてんてこまいしている私の姿を見て、弟がぼそっと言いました。

「ねえちゃん、年収2000万円ぐらい働きよーね」



ジュニアが生まれてすぐのときのブログの記事に、私はこういうことを書いていました。

子どもが3人いるお友達が

「子どもが2人になるからって大変さは2倍になるんじゃなく、1.5倍ぐらいだからなんとかなるよ」

と言っていたのですが、実際2人になってみると2倍じゃなくて1・5倍、残りの0.5というのは母親が上手に手抜きするようになるからだなということを実感しています。




この記述、私にとっては大きな誤りでした。

私の場合、ジュニアが1歳になるころぐらいから、大変さは2倍どころか3~4倍になってます。

うちのミニラとジュニアの場合だけ特別なのかもしれないので、お腹に2人目の赤ちゃんを抱えているあなた、どうか恐れないで下さいな。


今ごろ実家の父と母は、嵐が去った後でぐったりしてる可能性大です




農園始めました

2009-10-31-Sat-18:41
mixiの農園系アプリにはまってる?けど、実際に農園を始めました。

家庭菜園などに興味ある方は覗いて見てください。

島美人の農園日記

もし、うまく野菜たちが育ってくれたら、遊びに来るついでに一緒に収穫して下さいな。

桜前線1

2009-03-28-Sat-00:14
今週は天気もよく絶好の桜撮影日和でした

まず第一弾は宮崎県都城市の母智丘(もちお)公園の桜です。

ここ母智丘公園は桜の名所百選にも選ばれている場所なのですが、その場所というのが公園まで登る道路のトンネルのような桜並木であって、運転中だったのでシャッターが切れず。

写真では残せずとも、圧巻でした

さて上の公園で、ジュニアをベビーカー、ミニラを放牧?して桜見物です。

mochiyo1.jpg

ここ母智丘公園の桜は古い木が多く、作業員の方が手入れしていらっしゃいました。

その青い作業服が並んで3人です。


mochiyo2.jpg
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木が古いということは木に歴史があるのです。

幹や枝もそうらしい重厚な雰囲気を醸しだしています。




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「母ちゃんは写真ばっかり、兄ちゃんは走り回ってばっかり、ボクひとりぼっちだよ




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戻ってきたミニラ、ジュニアをいじめる・・・・・


ミニラは迷子にはならない程度に走り回ってるし、ジュニアは大人しくベビーカーにいるし、ゆっくり桜見物ができました。


次は近所で撮影したものをアップします。






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